第155話 改めて出発だ

探究者の村。ここは、ロンダピアザを離れ、独自行動をする者たちが暮らす村。

目的は帰る方法の算段だが、実際のところは全員が帰る事を希望しているわけではない。

中にはこの世界に魅せられ、ここで生涯を終える事を望む者もいる。

だがそれでも、帰還の研究がおろそかになっているわけではない。これは、当初からの悲願なのだから。

そしてまた、その成功を願うものはこの村に住む者たちだけではない。


「あら……ふふ、珍しいお客様ね。お茶を淹れるから、少し待っていてもらえるかしら」


村のリーダーである樋室紗耶華ひむろさやかが、ゆっくりと上半身を起こす――が、


「いや、結構だ」


誰もいない。何処にもいない。だが確かに声はする。

耳元であるような、だがとても遠くから聞こえてくるような不思議な声。


「トップである貴方がわざわざ秘宝の回収に来たのかしら? でも残念ね、まだ研究は進んでいないの。他ならぬ成瀬敬一なるせけいいち君がいないのですもの」


その言葉には、多少の嫌味が込められていた。

普段はおっとりしている樋室ひむろには珍しい事だ。


「そう簡単に進むとは思ってはいないさ。だがこのままだと、大いなる不幸がこの世界を襲う事になる」


「何かあったの?」


「南北どちらかの国が滅びる……ではないな、滅ぼす。天罰を使う予定だ」


「それは変えられない未来?」


「兆候が幾つも確認されている。時期が特定されるのも時間の問題だろう。もう事は動き出したという事だ。今更対処したところで根本的な流れは変えられない。変えられるとしたら――」


「反撃をしない……つまりはラーセットが滅びる未来を選択するしかないって事ね……」


「だがラーセットが滅んでも、結局次が何処になるかというだけの話だ。ならば、最初の標的となる我らが対処する以外に道は無い」


上半身を起こしていた紗耶華さやかであったが、諦めたように再び横になる。


「それで、結局貴方は何をしに来たの?」


「まさか旧交を温めに来たわけでもあるまい」


突如、第三者の声が部屋に響く。

騎乗した黒衣の騎士。その名を――、


「久しいな、平八へいはち


この言葉には、少し笑いが込められていた。


「ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスである。貴様にだけはその名で呼ばれたくはないわ、大体、我にとってはつい先ほどの出来事よ。何ならここで決着を付けてやっても良いのだぞ」


「はあ――あなた達、レディの部屋に無言で入って来るってどういう事なの? しかも喧嘩まで始めるのなら本気で怒るわよ。追い出されたいの?」


「これは失礼した。今日来たのは様子見だよ。託すに値するかどうかのね。だけどどうやら、今はまだダメの様だ」


「それは、秘宝を回収するという事なのかしら?」


「いや、そちらはまだ預けておこう。ただ気付いているとは思うが――」


「部品が足りないのよね。貴方が持っているのかしら?」


「場所は特定している最中だ。残念ながら、思った所には無かったのでね。いや、それはむしろ喜ばしくもある」


「分からないわね?」


「まあ気にする事は無い。むしろ不完全な状態で研究させてしまう事を心苦しく思う。だが先ほども言ったように、色々と時間が残されていない。故に3年待とう。もしくは彼が再びこの村を発ち再びロンダピアザに来る時、そこが最後だ。その時までに研究が軌道に乗っていなかったら、その時は成瀬敬一なるせけいいちの事は諦めてもらう」


「そう簡単にやらせると思っているのかな? 我も舐められたものだ」


ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスの体から、黒く禍々しい瘴気が立ち上る。

それに反応したのだろうか、隣の汚部屋の虫たちが一斉に騒ぎ出す。


「そんなセリフは、一度くらい勝ってから言う事だ」


その言葉に呼応するかのように部屋全体に微細な振動が起こり、家がミシミシと軋んだ音を立て始めた。


「やめなさい! もう、ここはレディの部屋よ。もう少し静かに出来ないの?」


ほっぺたを膨らませて、樋室紗耶華ひむろさやかが怒りの声を発する。

見た目は可愛らしいが、二人から発せられていた狂気とも呼べそうな怒気は収まった。

恐ろしかったわけでは無い。二人とも、これ以上彼女を怒らせるようなことは慎んだのだ。両名にとって、彼女もまた特別な存在であったのだから。


「……用件はそれだけだ。ただ分かっていると思うが、成瀬敬一なるせけいいちはお尋ね者であり、ラーセットの敵だ。誰かが倒してしまう可能性に関しては関与できない」


「その時は諦めるしかないのね」


「全ては奴次第だ」


「では、そろそろお暇するとしよう。もしもの時は、研究はこちらで引き継ぐ事になる。その点は了承しておいてくれ」


「嫌だと言っても、結局はそうするのでしょう。じゃあね、クロノス。今度は普通に食事でもしましょう」


成瀬敬一なるせけいいちが失敗したら、その時はそうさせてもらおう」


こうして、樋室紗耶華ひむろさやかの部屋から一人の気配が消えた。





〇     ※     〇





「さて、そろそろ行こうか」


幾つか目のテントを破棄して、俺達は荷物を纏めて外に出る。

作ってくれた人には申し訳ないが、さすがにこのテントやベッドを担いでロンダピアザに行くことは出来ない。


「今回の事で、かなり警戒されてしまったと思われます。出直した方が良いかもしれません」


ひたちさんの言う事も最もだ。だけど――、


「時間をおけば、潜っていた教官組が全員上に戻ってきてしまうしな。それに表層を取り尽くしたら、召喚者も深くに行ってしまう。その中に先輩たちのチームがいたら最悪だ」


その場合、龍平りゅうへいとの戦闘は避けられない。

迷宮ダンジョン内の戦闘は向こうの土俵だ。手の内も結構明かしてしまったしな。これは避けたいところだ。


「それに俺達の影がちらつくたびに召喚者全員を警備に上げるような真似はしないよ。彼らにとって、召喚者は経済の要なんだろう?」


「私みたいな者もいますけど……」


ずっとソロ活動していた咲江さきえちゃんは、まあ例外だ。


「警戒は強くなっているかもしないが、それは現地人の兵隊とか警備隊とかだろう。大丈夫、何とかなるさ」


「その根拠のない自信は何処から来るんですか?」


セポナからのきついツッコミが入るが大丈夫。

俺のスキルが言っている。上手く行く道が必ずあると。

だから今は――、


「心配いらないよ、セポナ。では出発だ。心強い戦力も加わったしな。余力のあるうちに目的を済ませよう」

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