第154話 教官同士の戦い

甚内じんない教官! ご無事ですか!?」


西山にしやまか……後は託した」


「逃がさない」


 瓦礫から素早く抜けようとした甚内じんないの股間を、田中玉子たなかたまこ――もとい、フランソワが容赦なく踏み潰す。そのパワーは床をも砕き、下のフロアへと落ちる。

 ……そして下のフロアに着地と同時にまた踏んだ。

 龍平りゅうへいの背筋に寒い物が走る。だが幸い、甚内じんない教官は無事な様だ。


「痛え! いやマジでやめろ! 俺以外だったら死んでる。即死だぞ!」


「この位やらないと甚内じんないは同じことを繰り返す。カラスよりも低能」


「おい、西山にしやま! お前からも何とか言ってやれ。今回はお前を助けるためで、成瀬敬一なるせけいいちとは戦っていないとな!」


「いや、すみません。その点に関して何も覚えていないんです」


 再びフランソワが甚内じんないの股間を床ごと踏み抜き、その悲鳴がタワー全体に響き渡った。





「そう、結局ターゲットはいなかったのね」


 ようやく落ち着き、下部フロアにある喫茶店へ移動したのは甚内じんない教官の股間が10回ほど踏み潰された後であった。

 だが潰されたという表現は正しくはない。持ち前の肉体強化により、しっかり守っていたからだ。

 元々甚内じんない教官からは肉体強化スキルの指導をして頂いた事もあるが、あの強度は流石だと素直に感心する。

 もしあれほどの実力があれば、敬一けいいちにも負けなかったろうに。


「俺は地上に戻った所で、本部からの連絡を受けたんだよ。西山にしやまが対象に接触したとな。だから様子を見に行っただけだ。だから別に順番をたがえたつもりはねぇ。そもそも、お前は何で地上に戻って来たんだよ」


「いくつか気になる点があったのでその報告。25年前の事、覚えている?」


「俺達にとっちゃ、25年前もさっきも変わらねえだろ。というかな、まさかとは思うが……」


「ここだったら最悪。だから確かめるために戻った」


「結果は?」


「ここじゃないとしか言えない」


「それなら少しは慰めになるな。まあ対処は上が考えるだろう。案外、もう用意は出来ているのかもな。クロノスはそういう奴だ」


 ……教官たちの話がさっぱり分からない。だが、世界の問題は敬一けいいちだけでは無いという事だろう。

 それ以前に、交戦の報告を受けてから俺が奴に敗れるまでの間にあそこまで移動したのか!? とても真似できるものではない。

 見た目は普通の人たちなのにな――そう、改めて龍平りゅうへいは考えさせられた。


 甚内じんない教官は立てた金髪を含めれば身長170センチほど。少々小柄で痩せ型だが、ボロボロになったシャツから垣間見える筋肉は肉の色をした鋼そのものだ。


 フランソワ教官に至っては身長150センチ程度。黒いおかっぱに童顔で、まるで座敷童の様にも見える。

 床に無造作に置いてある二本の巨大な剣を見なければの話だが……。

 というより今日の服装は乙女チックなゴシックロリータ。別の言い方をすればフリル満載の子供服だが、その点を指摘すれば半殺しどころか99.9パーセント殺し確定だ。

 だけど、重要なのはそういった事じゃない。


「教官、教えてください。俺はどうなっていたんですか? それに敬一けいいち――いえ、成瀬なるせはどうなったのでしょうか?」


「さっき花……フランソワに話した通りだ。俺が到着した時、そこにいたのは美和みわと全滅した粛清部隊の連中だけだった。あ、一応途中で逃げている安藤あんどうは見かけたがな。ただ成瀬敬一なるせけいいちの姿はなかった。奇妙な話だがな」


「教官に気が付いて逃げたという可能性は?」


「いや、お前を助けるために一撃ぶち込んでやったから、その時はいたんだ」


 バキッと凄い音がして、カフェのテーブルが真っ二つに裂けた。尋常ではない殺気が広がり、現地人たちが腰を抜かし、あるいは悲鳴を上げて逃げ始める。


「さっきの話と違う。もう一度詳しく聞かなきゃだめ。やっぱり陣内じんないの知能はカラス以下」


 横に無造作に置かれていた巨大な剣が、まるで磁石に吸い寄せられるように両手に収まる。


「わ、わかった。先ずは落ち着け、な?」


 響き渡る破壊音と吹き荒れる暴力。そんな中、西山龍平にしやまりゅうへいは考え込んでいた。

 アイツは不利となったら迷わず逃げる男だ。だが安藤あんどうとは違い、単なる臆病者という訳ではない。誇りと自尊心をはき違える事は無いのだ。

 そんな奴が美和みわを残して逃げるとは考え難い。

 それ以前に、陣内じんない教官の目を逃れて逃げるなど、そっちの方が不可能だ。


「教官、教えてください。敬一ヤツのスキルは何なのですか? 少しでも糸口は無いのでしょうか?」


 顔を上げ教官たちを探した時、そこはもう廃墟のようになった無惨な室内だけが残されていた。

 しかもそんな状況なのに、客や従業員の現地人には一人の怪我人もいない。

 明確過ぎる自分との実力差。そしてそんな教官から2度も生き延びた敬一けいいちの力量。

 侮っていたわけではない。ただそれでも、何もかもが足りなかった。

 そう遠くないうちに奴は来る。意味も無く、こんな近くをうろつきはしない。

 奈々ななか、瑞樹みずきか、あるいはもっと別。政治や教団の中枢、各所の宝物庫……想定される可能性が多すぎる。


 とにかく報告、そして警備の強化。やる事は山ほどある。

 破壊されたカウンターで会計を済ませると、龍平りゅうへいもまた廃墟となった喫茶店を後にした。

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