第153話 出来ればもう教官組には出会いたくないものだ

「それで、その甚内じんない教官とやらは何か言っていたか?」


 正直言って、一番の謎はその状態で咲江さきえちゃんが無事な事だ。

 あんな状態を見られたという事は、もう状況はバレているのだろう。

 俺の記憶だと、彼女の周りは召喚者一名の他にも沢山の粛清部隊の死体が転がっていた。とても言い訳できる状態では無いと思ったが……。


甚内じんない教官は、ノルマさえ果たせば不問にするって。但し、貴方と一緒に挑んでくるのなら容赦はしないって言っていたよ」


 咲江さきえちゃんって、普段はアンタって呼ぶけどベッドの上では貴方なんだな。

 ……じゃない。変な事に思考を使うな俺。


「ちなみに戦って勝ち目は?」


「無いと思う。物凄く単純で、その単純さが強いの。逆に搦手からめてとか攪乱かくらんには弱いけど、生半可なスキルじゃ相手にもならないね」


「単純戦闘力では、玉子たまこ様以上とも言われています」


玉子たまこ?」


「教官組の一人よ。小柄な人だけど、相当に強い人。ちょっと憧れかな」


 単純戦闘力では――と前提を置くって事は、総合ではその玉子たまこって人の方が上って事か。

 まあ人の強い弱いなんてその時の体調やメンタル次第だ。単純にどちらがなんて言えないな。あ、でも――、


「ちなみに木谷きたには強いのか?」


「相手の力量に合わせて手を抜く癖があるので隙は多いのですが、もし全力で来られたらわたくしたちは生きてはいなかったかと。教官組のリーダーですし、総合的な戦闘力は確実に上位です」


「え、木谷きたに教官と戦った事があるの?」


「ああ、一応な」


 当然勝ったさ! ……なんて自慢は情けなくて口から出なかった。

 明らかに、あの時は全力ではなかった。その程度の事は理解しているつもりだ。


「ところでノルマといっても咲江さきえちゃんって確か……」


「かなり免責されているよ。だけど向こうに協力できないとなると、それなりに納めなくっちゃいけなくなるかな」


 そう言えばひたちさんも納めているって話は聞いたな。だけど普段は俺と行動をしている。

 いや以前は自力で集めたとしても今は……と考えて、ふと村で会えなかった人たち。それに迷宮で穴を開けた事を思い出した。

 なるほど、その人たちが迷宮ダンジョンに入って集めていてくれているのか。だとしたら研究は氷室ひむろさんと、アイテム関連の剣崎けんざきさんが中心かな。

 ちょっと不安になって来た事は内緒にしておこう。





 □     ▽     □





「ここは……」


 西山龍平にしやまりゅうへいは、清潔な病室で目を覚ました。

 外のテントなどではない。ここはもうロンダピアザの病院だろう。


 ――そうだ、負けたんだ。


 そう思いながら両手を確認する。そこには、きちんと付いていた。偽の腕とかではない、ちゃんとあの時に切り落とされた自分の腕だ。

 ただ両肩から脇にかけて、ハの字型の傷がくっきりと浮かび上がっている。さすがに高級品の治療薬は使ってもらえなかったが、文句よりもむしろ感謝の気持ちが勝っている。

 この傷を見る度に、敗北と怒りを忘れる事は無いだろうから。


 しかし、誰が一体どうやって俺と両腕を回収したのだろう?

 それに敬一けいいちはどうなったのだ? あいつが居ながら、素直に俺を回収させたのか?

 もしくは、その人が倒したのだろうか?

 そんな疑問の答えが、遠くの部屋からかすかに聞こえてきた。





「それで、次は私の番だった事は覚えている? 脳筋ってバカ? そろそろ死ぬ?」


 それは可愛らしい女性の声ではあるが、有無を言わせぬ凄みがあった。


「いえ、反省しています。すみません」


 多分に緊張し、普段なら絶対に出ないような敬語で返す甚内じんない教官。

 声からして、相手はフランソワ教官か?


「屋上の時もそう。甚内じんないは順番を無視しようとした。あの時屋上から突き落としておけば良かったと今でも後悔している」


「いや、俺その程度じゃ死なないけどな――痛え! 痛たたたたた! やめろ、わかった、わかったからやめろ、止めてください」


「最後に言い訳を聞いてあげる」


「最後とかいうなよ。俺とお前との仲だろ?」


 同時に部屋中を破壊するような轟音が連続して響く。聴力を強化していたため、一瞬気絶しそうになったほどだ。

 だがそれどころではない。喧嘩の原因が自分である事は予想できた。

 いや、違ったとしても仲裁はしなくてはならないだろう。


 急いで声のした部屋へと向かう。

 場所は20フロアほど下の倉庫だった。壁は破壊され、置いてあった様々な荷物が粉砕されて散乱している。

 埃が舞うその中に、半ば埋まった甚内じんない教官と、両手に巨大な剣を持ち、仁王立ちしているフランソワ教官がいた。

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