第152話 本当は喜んじゃいけないんだろうな

 空を見上げると、ある意味見慣れた天井が見える。


 ……ハートマーク。


 ここは言うまでもない、あのテントだろう。だとしたら、この柔らかなクッションは例の悪趣味なベッドか。

 だけどそれだけじゃない。周りからは、確かな人のぬくもりを感じる。


 ……そうか――だよな。


 またやってしまったのだ。

 そもそも龍平りゅうへいとの戦い自体が無謀だった。

 やらなければいけない事は分かっていたが、勝てたのは奇跡だ。うまい事、思考を誘導出来たと言えば聞こえはいいが、そこまでに使ったスキルはとうに限界を超えていたのだろう。

 何せあの時の記憶が殆ど無い。俺はあの後どうやって勝ったのだっけ? というか本当に勝ったのか? そんな事すら曖昧だ。


 だけど、俺は今まだここに居る。もう何度助けられたのだろう。

 ひたちさん、セポナ、それに咲江さきえちゃん。全裸で同じベッドで寝ている彼女らを起こさないようにベッドから降りると、俺は全員分のコーヒーっぽいものを淹れた。





 全員が起きた後、コーヒーっぽいものを飲んで温まりながらあれからの話を聞いた。

 とにかく俺がもう酷い状態だったので、一度ここに戻ってテントを張り直したそうだ。もう本当にご足労をおかけします。


 俺の実体は、既にこの世界には無かったそうだ。

 確かにいる。だけど世界からは外れ、互いに一切干渉できない影法師。幽霊の様な存在。スキルの限界を超えるとそうなると、ダークネスさんから聞いていた。

 そして実際に、俺はそうなった。


「俺はどうやって、こっちの世界に戻って来られたんだ?」


 それは聞くまでもない事だった、みんなとの絆が俺を呼び戻してくれたに違いないのだから。


「本当に危険な状態だったのですよ。もし咲江さきえ様がいらっしゃらなかったら、わたくしたちの希望はついえた所でした。何度も言いますが――」


「それは本当に申し訳ないと思っているよ。反省している。それで、俺はどんな状態だったんだ?」


「こんな時でも興味が優先なの? ちょっと呆れますよ」


 セポナに呆れられてしまったが、これはただ単に興味本位という訳ではない。

 記憶が無いという事は、相当にやばかったと思われる。それは傍から見てどんな状況だった? そしてどうやって戻って来た? それを知る事は、必ずや今後の為に必要だ。


「気配が感じられたから、まあ何とかなるって思ったんだ。そこで、思い切って上を全部脱いだんだよ。そうしたら乳を揉んでくる感触があったので……」


 聞かなければよかった……しくしく。何をやっているんだ俺。

 だが気配だけか。我ながら、酷い状況にまで追い詰められたものだ……。


 だけど龍平りゅうへいに勝つにはあれしか無かった。

 本体を外して攻撃を空振りさせる手もあったかもしれない。

 だけど龍平りゅうへいの疲労と俺の限界、どちらが早いかは考えるまでもない。

 あいつはただ暴れているだけで、俺をこの世から消し去っただろう。

 だから今回は仕方が無い。相打ちを目論見つつ、最後は勝つ。

 その勝算は言うまでもない。俺が彼女たちを想い、彼女たちもまた俺を想ってくれていた事。ただそれだけだ。

 今考えると、殆ど賭けだな。木谷きたにの事をどうとか言えないぞ。


「それで……龍平りゅうへいはどうなったんだ?」


 いや、今更な話だな。俺が殺したんだ。

 だけど記憶が曖昧だ。きっちりと言葉で聞かなければいけない。その上で罪を受け入れて前に進むんだ。

 身勝手な事は分かっている。だけど割り切るしかないじゃないか。

 ではあったのだけど――、


「教官が連れて行ったよ。甚内じんない教官。あ、知らないか」


「ああ、知らないな。どんな奴なんだ?」


「地上の10人の一人で、木谷きたに様と同じ教官組です。肉体強化スキルの使い手として有名でございますね」


 ひたちさんが木谷きたにに様を付けるとは思わなかったが、まあ習慣みたいなものだろう。

 それにしても、教官組とやらは迷宮深くに潜っていると聞いていた。だけどまだ地上にいる奴がいたのか。

 まあ理由なんて考えたって仕方が無い。どうせ結論は出ないしな。それよりも――、


「回収したではなく連れて行ったか。そうすると、龍平りゅへいは生きているんだな」


「絶対に死んでいると思ったのだけどね。甚内じんない教官が言うにはまだ生きているんだって」


 なんとなくホッとして様な気もするが、あいつの目は本気だった。それどころか、絶対に殺すという決意――狂気にも似た執念を感じた。何があったとしても、俺の命を諦めたりはすまい。

 瑞樹みすき先輩の前にいる番犬をどうにかしなければならないのなら、結果を先送りにしただけだな。

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