第151話 良かった

 龍平りゅうへいは、血だまりの中で動かない。

 その左右には、斬り落とされた腕が無惨にも転がっている。

 そんな他人事のように考えるのはおかしいな。やったのは俺なのだから。


「死んだの?」


「ああ。そっちは?」


「見えている範囲は全員片付いたよ。安藤あんどうって男には逃げられたけどね」


 爆炎のスキル使いか……まあ使いようによっては危ないスキルだが、ちょっと痛い目に合わせただけであれだ。まあこの大雨という環境も悪かったのだろうが、あんな奴のお守りをするのは大変だっただろうな。

 全部がダメだったように見えた俺の境遇だが、そう言った意味では俺は人には恵まれていた。戦えないセポナだって、あいつよりずっとまともな人間だろう。

 最後に同情しておくよ、龍平りゅうへい。お前は運が悪かったな。


 そう勝ち誇った瞬間だった。

 一陣の光が、豪雨を斬り裂いて突っ切って来るのを感じる。マズい!


《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》


 何かを判断する時間すらない。次の瞬間には、俺の体は粉々の肉片となって吹き飛んでいた。


「この程度じゃ死んでねえんだろ。さっさと出てこい」


 バラバラに吹き飛んだ体が遠く感じる。だけど出る? 分からない。

 俺は今どこにいるんだ? あれは誰だ? 俺は……だれだ?





「お久しぶりです、甚内じんない教官」


 立てた金髪にラフなシャツ。どことなくヤンキー的な格好だが、纏う雰囲気は人のレベルをとうに超えている。そ

 それはかつて敬一けいいちに焼き鳥を奢った男。木谷きたにたちと共に、屋上でブラッディ・オブ・ザ・ダークネスと戦った男。そして逃げる敬一けいいちに警告を残した男。

 地上にいる十人の内の一人。教官組と呼ばれるメンバーの一員だ。


美和みわか。状況からして、西山にしやまの味方をしたって雰囲気じゃあなさそうだな」


「ええ。私は成瀬敬一なるせけいいちさんに協力する事にしました」


「ならここで殺されても文句は言えないって事だ。その覚悟はあるんだな?」


「もう後悔はしません。私の全ては、彼に預けました」


「ならいい。まあ俺の任務にお前の始末は含まれてはいないからな、好きにしろ。だが邪魔をするのならその時は覚悟する事だ。それまではノルマを果たす限り手は出さねぇ。それが召喚者のルールだからな。だが肝心のあいつは何処だ? お前にそこまで言わせて、本人は逃げたのか?」


「彼はそんな方ではありません!」


 美和咲江みわさきえは初めてを捧げた後に、成瀬敬一なるせけいいちのスキルに関しての説明を受けていた。だから状況は十分に理解していたが、それを説明するわけにはいかない。

 それよりも、もしもここで甚内じんない教官が自分を始末しようとすれば、抵抗する間もなく倒されているだろう。やり方次第では地上の十人に匹敵すると言われても、逆に言えば正面切っての力比べでは勝ち目はないのだ。


 だがそんな事より、いつの間にか――いや、最初から甚内じんない教官が西山龍平にしやまりゅうへいを担いでいることにようやく気が付いた。

 あれはもう死体のはずでは――そう思ったが、確認したわけでは無い。あの状態で生きているとも思えないが、教官が意味のない事をするとも思えない。


「その遺体をどうするつもりですか?」


 何かの情報を得るために発した言葉であったが――、


「さっき薬を打った。まだ数分は生きているさ。一応、こいつにはちょっと縁があってな。いわゆる不肖の弟子みたいなものだ。だからまあ、貰っていくぞ」


 つまりは、もし成瀬敬一なるせけいいちがいたとしても――それどころか自分と一緒に戦ったとしても、数分の内に始末をつけて帰るだけの自信があるという事か。


「そんな訳で、今はかくれんぼに付き合っている時間はねぇ。だが今度会ったら終わりだ。本当に逃げていないのかは知らんが、あいつにそう伝えておけや」


 その言葉を残した時、もう甚内じんない教官はこの場から消えていた。





 陣内じんないが去った後、咲江さきえの周囲には無数の血だまりと現地人の死体、そして振り続ける雨だけが残された。

 敬一けいいちの姿は何処にもない。バラバラになった偽物の体もすでに消えている。

 彼の言うように逃げた? それが違う事は、咲江さきえはよく知っていた。だけどどうしたらいいのだろうか?

 こんな時の対処方法など何も聞かされてはいない。慌てていたため、ひたちたちに連絡をする事すら思いつかなかった。

 だけど可能な限り冷静になって考える。この雨は、ある意味恵みの雨だったかもしれない。

 雨音だけしか耳には入らない。頭も十分に冷えた。


 雑音も雑念も無い中、敬一けいいちとの話を思い出す。

 ベッドの中で、色々な話をした。様々な体験。そして当然スキルの事も。

 そして考え抜いたあげく、服を脱ぎブラを外す。

 その時、何かが――乳に触れた。

 冷たい。体温を感じない。だけどその優しい触り方を、体が覚えている。


 ――良かった。


 心の底から安堵し、触れた何かの上に手を合わせる。よりしっかりと、感じさせるように。

 そしてもう、見失わない様に。

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