第150話 無知と罪の結果

 いつ終わるともなく続く怒声と喧騒。それを終わらせ、円滑に迷宮ダンジョン探索を行うための手段。

 それは、女性がその身をもって男たちを鎮めるというもの。他のチームも大なり小なりやっている事だと言われたが、俺には衝撃が大きすぎた。

 だから何も考える事が出来なかった――なんてのは、言い訳にもならない。


 だけど、瑞樹みずきは一つだけ提案を出した。

 自分たちは初めてだから、最初の相手は自分で選ばせて欲しいと。

 男たちは納得し、彼女は俺を選んだ。

 だけど、それは俺が好きだったからじゃない。俺の気持ちを知っていたからでもない。

 敬一けいいちに一番近い場所にいた人間だったから。ただそれだけの理由で選ばれた。


 こうして俺は彼女を抱いた。

 出会った日以来、変わることなく憧れだった女性。ずっとこんな関係になる日を求めていた。

 だが、これ程の屈辱があるだろうか。

 彼女は俺ではなく、俺の背後に映る敬一けいいちに抱かれていたんだ。


 最初の一人が終わっても、狂乱は終わらなかった。連中は最初から瑞樹みずきを狙っていたんだ。

 そしてそれは、ベテランの男連中だけじゃない。同じ高校の――同胞だと――仲間だと思っていた連中もそうだった。

 忘れてなどいない、だけど状況が状況だったから意識から外れていた。彼女が向こうの世界でも、ずっとそんな目で見られていた事に。

 あの日の出来事を、一生忘れはしない。俺は連中を止める事が出来なかった。それだけの力も権力も無かった。


 その日以来、連中は事あるごとに皆を抱いた。

 ただ確かに口論も減り、女性たちへの態度も優しくなった。二人はそれにコロリと騙され、あっさり受け入れた。

 だけどその方が幸せだったのかもしれない。常にどこか冷めていた瑞樹みずきを堕とそうと、行為はより激しいものになっていった。

 しかもそれが映像として残されていた事を俺は後で知った。





 大変動が起きる前に、俺たちは一度地上に出た。

 女性たちが体を提供してから、いくつかのアイテム、鉱石、それに貴金属も見つかった。

 おそらく飴と鞭という奴だろう。最初から予定済みだったんだ。

 だけど皆は、疑いも無くその成功に喜んだ。俺と瑞樹みずきを除いて。


 そこから暫くは地上で報告書の作成に追われた。

 迷宮ダンジョンの地図、怪物モンスター、発見物の物や場所に関するレポートなど、ただ行って拾ってくるだけじゃないという事を散々に理解した。同時に、この世界の社会秩序が非常に高度である事も。

 それは決して悪い事ではない。上に行く道が明確に示されているという事なのだから。


 これは新人が知って慣れるためという名目で、俺達同期が行った。

 だけど、瑞樹みずきだけがベテランたちと別行動をとった。

 名目上は彼女のスキル、広域探査エリアサーチをより効率よくするために、他の召喚者が見つけたアイテム等を見せてもらうという話だ。

 確かに納得は出来た。何が貴重品なのかを知らなければ、彼女のスキルは意味がない。この世界に在る貴重品そういったものを知れば知るほど、彼女のスキルはより重要性を増していくのだから。


 だけど違った。

 奴等は新しいペットを自慢するために連れて歩き、自分達の人脈を強固にするために彼女の体を差し出していたのだ。

 それは召喚者だけに留まらない。国の重鎮、大商人。異性の好みは国によって違うが、彼女はこの世界でも人気者だった。いったい何人の望まぬ男の相手をしたのか……。

 しかもその映像は召喚者だけでなく現地人の間にも出回り、指名まで入るようになった。


 それどころか、金城かねしろさえいれば、どんなハードな行為も思うがま。見世物として、モンスターの相手をさせられた事もあったと後に映像で知った。

 無力な自分が許せない。何度も泣き、幾度も口惜しさで吐いた。だが、そんな事で俺の罪は消えなどしない。

 彼女は与えられた心と体への苦痛。それがどれ程の苦しみだったのか――理解することなど、一生かかっても俺には無理だろう。

 瑞樹みずきの心が壊れていくのを毎日実感する。もう限界だ。だから……。


 薄れゆく意識の中、赤く染まる泥の水溜まりが見えた。

 だがそれも束の間の事。世界は闇に包まれた。


 俺は……最後まで何も出来なかったのか……。

 救いたかった……守りたかった……取り戻したかった……あの……日々を…………。

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