第149話 こうするしかなかったんだ

 土砂降りの中、血だまりから俺の右手が握っていた勇者の剣を龍平りゅうへいが拾う。


「お前のスキルは神官長に聞いてもまるで分らなかった。木谷きたにさんも教えてくれなかったからな」


 あ、ちゃんと生きて戻ってたんだ。俺が言うのもなんだが、スキルと片手なしで凄いなあの人。


「カウンター系に不死身といって良い程の耐久力。確かに予想はつかないが、お前に殺された粛清部隊は全員普通に倒されていた。なら……この剣ならどうだ?」


 うん、その予想は完全にハズレ――とも言い難いな。微妙に合っているところが悔しい。

 確かにあの剣で斬られたら返せない。


「これで首を飛ばされても生きていたなら、秘宝のありかを吐いてもらうぞ!」


 お前それでいいのか? とツッコミを入れたくなるが、そんな余裕は欠片も無い。

 龍平りゅうへいの剣が首に迫る。だがその剣筋がはっきりと見える。もう体がボロボロなのもあるが、剣には慣れていないんだ。まだ素手のほうが強かったぞ、龍平りゅうへい


 当たる寸前、勇者の剣が消える。

 驚愕に見開かれる龍平りゅうへいの目。そりゃ予想外だろう。だってそれは――というかその腕も剣も、俺から外した偽物だからな。

 お前の考えは戦っている時から手に取るように分かっていた。だから途中から全部誘導していたんだ。最後に必ず俺の剣を奪うように。伊達に長い付き合いじゃないんだよ。

 だけどそれも今日で終わりだ。


 空間から湧き出るように、俺の右手と剣が出てくる。こことは違う、別の世界に外してあった本物の腕と剣。

 それに左手に持ったダークネスさんの剣もある。

 じゃあな、龍平りゅうへい。ここが本当にゲームのような世界で、元の世界に帰れるのなら良かったのにな。


 両手の剣で左右の肩から脇まで、一直線に斬り落とす。ただ腕を斬っただけじゃない。途中で肺も通過して斬った。

 腕だけなら肉体強化の力を使って止血くらいは出来そうだ。筋肉でムギュってな。

 だけどこれは不可能だ。100パーセント完璧な致命傷。肺の空気は一瞬で抜け、もう二度と膨らむことは無い。

 まあこの世界にはどんなアイテムがあるか分からないから油断はしないけどな。


 だけど、大量出血と共に膝がガクンと崩れる。

 そしてそのまま糸が切れた人形の様に、雨の中に突っ伏した。

 この雨の中、そのままピクリとも動かない。決着はついた……あっけないほどに。

 聞きたい事は山ほどあった。だけどもう良いんだ。安らかに眠れ……。





 ★     〇     ★





 召喚された日にベテランとチームを組めたことは僥倖ぎょうこうだった。

 その時は、そんな事を考えていたんだ。

 薄れゆく意識の中、龍平りゅうへいは走馬灯を見ていた。


 だが、迷宮ダンジョンとは思っていたような簡単なものではなかった。

 昼も夜もない世界。不足する水や食料。不規則に襲ってくる様々な怪物モンスター

 休む暇もなく、いつ終わるとも分からない地獄、

 それでも一行は黙々と進む。一度戻ろうという意見も出たが、鼻で笑われた。

 召喚者にとって、ここはまだ入り口の様なものだと。

 誰も真実を知らない。こうして俺達は、危険な世界にずるずると引き込まれていった。


 今まで以上に厳しくなる状況。とくに精神的な負担は大きく、皆の状況は見るからに限界だった。

 それだけじゃない。チームの中でのいざこざが絶えなかった。

 最初は激しい口論からだった。休むときでも続くそれに、同じ高校の女性陣の心は削られていった。

 やがてそれは殴り合いに発展し、殺し合いの様相も見せ始めた。そこまで行くと、もう同じ高校の須田亜美すだあみ岸根百合きしねゆりは、怒声を聞くだけで泣き出してしまうようになっていた。

 瑞樹みずきはその中でも2人を励まし頑張っていたが、もう限界は越えていたのだと思う。


 最初にそれを提案したのは、ベテラン4人の中にいた紅一点、神田川久美かんだがわひさみだった。

 この状況を何とかするには、もう体を差し出すしかないと。

 男なんて単純なものだ。そうすれば彼らは落ち着きを取り戻し、また以前のような状況になるだろう。

 まだ成果はないが、それでも地上に戻るだけの余裕が生まれるに違いないと。


 この世界の事は、帰れば忘れる。それに妊娠しない事も説明されていた。ちょっと我慢すれば、物事全てが円滑に進む。そう提案されれば、考えないわけにはいかない。

 それに何より、もう心が疲弊していた2人はこの提案に逆らうことは出来なかった。

 結局、全てが仕組まれていた事も知らず、俺達はその提案を飲むしかなかった。

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