第136話 俺の意思は鋼よりも硬い

「ここって、元々その為に用意したんでしょ」


 そ、その為って何の事でしょう――なんて通じませんよね、ハイ。思いっきりバレていました。

 いや、こんな怪しいテント、気が付かない方がおかしいか。


「それにさっき、聞こえていたの。その……三人で色々と……」


 そっちまで見事に聞かれていました。どうしよう、今からでも土下座して謝った方が良いか?


「ねえ……私にもしてくれないかな……」


 ……は? いやいや待て、待ってくれ。なぜそんな話になるんだ?


『ほら、チョロいでしょう? ささ、彼女の気が変わらないうちに早く済ませてくださいませ』


 ――ひたちさんは早く寝なさい!


「理由を聞いて良いか?」


 幾ら俺でも、ここで「じゃあしましょう」とは言えないぞ。


「この場所、私の治療の為に用意した訳じゃないよね?」


「それはまあ、その通りだけどな。ただ治療するためには、ここが一番よかったんだ」


 そう、二人との情事を聞かれてしまった以上、その為に用意したと言い張るしかない。

 まさか咲江さきえちゃんがチョロそうだから、ここでしようと準備しましたなどとは口が裂けても言えない。うん、墓場まで持っていく案件だ。


「嫌だったかな?」


「ううん……嫌じゃない。むしろ、ちょっと気に入ったかな……ここでなら良いと思う」


 え、この悪趣味なドピンクでハートだらけのテントやベッドが?

 というか、もうさっきから表情やしぐさが超乙女。あのさばさばしたイケメン風の空気は何処へ飛び去ってしまったのか。

 もしかして、怪我で弱気になっているのだろうか?

 だとしたら、そこに付け入るのは気が引けるな。


「どうして……私がソロなのか分かる?」


 いやそもそもソロって事をさっきまで知らなかったよ。

 でも言われてみれば、神殿で最初に戦った時も今回も、仲間がいる様子は無い。

 貴重な召喚者。それもとんでもない程の強者だ。何より可愛い。一人で遊ばせておくなんて、俺には出来ない。周りも許さないはずだが……。


 というか、今の状態こそチームが必須だろう。新たな召喚が出来ない以上、代替えの利かない貴重な召喚者だ。それが不慮の事故で死亡しましたじゃシャレにならないぞ。

 だが待て……さっきの連中は、平然とその大切な召喚者を殺そうとしたな。仲が悪いとはいえ、国家の大事だ。その辺りの線引きはしていると思うが……あ、俺の世界でもしていなかったわ。

 でも普通に俺と勘違いした可能性は消えてはいない。やっぱり2~3人は残して吐かせるべきだったか。


「初めてこっちに召喚されて、スキルとかが使えるようになって本当に浮かれていたんだ」


 しまった。考え込んでいる間に話が進んでいる。真面目に聞こう。


「それで調子に乗って使いまくって……だけど実際には全く使いこなせていなかったの」


「何かあったのか?」


 横になったまま天井を見上げ、しばし沈黙する。

 言い始めたけど、実際に言葉にするには決意が必要な感じだな。

「言いたくないなら――」そう言葉にする前に、彼女は再び思い出話を続けた。


「スキルが強化されましたってアナウンスを聞いたことある?」


「ああ……あるな」


 君との戦闘中に2回も聞いたよとはさすがに言えないが……。


「私のスキルは、最初は水中呼吸だって聞いていたの。初めの頃は自分だけ。でも強化されて、仲間にも掛けられるようになったの」


「それは便利じゃないか」


 迷宮には水場も多い。中には地底湖のような場所もあるだろう。水中を探索できるというのは、宝探しにとって相当なアドバンテージだ。


「だけど、私のスキルは変質していた……」


「どういうことだ?」


「対象の周囲の大気を変える事が出来るスキルになっていたの。酸素を100パーセントにしたり……ううん、二酸化炭素でもなんでも、僅かでも含んでいれば、全てをその組成に変化させることが出来た。でも浮かれていた私は気が付かなかったの。いつもと同じように使った……使ったつもりになった。そして――多くの仲間を帰還させてしまった。ううん、貴方が言う事が事実なら、私は皆を殺したのね」


 彼女と戦って死にまくったのはそれか。

 即死だったのか、気を失った後に殺されたのかは分からない。だけど人間が呼吸できる大気の組成はかなり狭い。ちょっと狂わされただけでアウト。それをコントロールされたら確かに凶悪だ。

 だけど最初に戦った時、俺は勝てた。

 そうか……あの時は斬りかかる時に、呼吸を完全に止めていたからか!?


「……それ以来、私はソロプレイヤー。ふふ、ここがゲーム的な世界じゃないなら、その自称もおかしいね」


 自嘲気味に笑う彼女はとても可愛らしかった。というかなんか女性として意識してしまうと色々ピンチ。

 だが大丈夫。まだ理性はバッチリだ。さっきしたばっかりだしな。そこまで節操無しじゃない。

 今はそう、賢者タイムだ。頑張れ俺。俺の意思は鋼よりも硬いのだ。


「だからね……私まだ初めてなの。その、上手く言えないけど……貰って……ください」


 そう言った彼女が、俺の手を握る。温かさが伝わってくる。しかも恋人繋ぎ。

 そしてシーツの下は、例の黒い下着姿。

 ……俺の中で、何かが外れたような気がした。

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