第137話 またやってしまった―

「俺で良いのか?」


 そう言いながらも、優しく傷口を確認する。

 場所は丁度胸元だ。シチュエーションといい台詞といい、まるで乳をまさぐっているように見えるだろう。

 だがそれは誤解だ。本当だぞ。ブラの下に手を入れているのも、あくまで確認の為だ。


 傷口は綺麗に塞がっていた。俺達の世界にある瞬間接着剤も元々医療用だが、それはこちらの世界にもある。しかももっと高度な物が。

 まあ怪我の絶えない世界だろうし、そっち系の発展は早かったのだろう。

 だけど肝心なんはその先だ。

 実際には外したりなんてしないが、同じ感覚で中を確認する。

 そこに感じる異物。迷宮産の治療薬――いや、治療ゼリーと呼んだ方が良いか。

 傷口に注入すれば、遺伝情報を読み込んで内臓まで再生する。失った手足なんかもこれを使えば治るそうだ。今頃、木谷きたにの手も新しいのが生えているだろう。


 だけどこれは、必ずしも万能ではない。周囲の壊れ具合や機能不全を体が判断し、その情報を薬が受け取って必要なパーツを作る。素晴らしく便利だが、怪我や病によっては2つ目の心臓や3つ目の腎臓なんかを作ってしまうそうだ。

 当然それに応じて更なる投与が必要になり、最終的には元の人間とは全く違う姿になってしまう事も珍しく無いという。


 まあそんな訳でこれは治療行為の延長だ。過剰に反応していたら、その分は外す必要があるからな。

 元々は寝ている内に確認する予定だったのだが、まあ仕方がない。

 本当にマジで、いやらしいことをしているわけじゃないからな。

 これは決してやましいことをしているわけでは無く、正しく必要な事だ。

 なにせ変な風に再生してしまうと、後が大変だからな。


 ……なんか色々と心に言い訳をしたが、なんか全部空しく消える。

 彼女は俺を求めたんだ。そして俺もまた、それに答えたい。

 そんな想いと体が一つになり、俺達は同じ夜を過ごした。





 ……あれだけ言っておきながら結局したんじゃないかと言われそうだが、これもまた俺がこの世界に在り続けるために必要だったんだ!

 なんて開き直っても仕方ないな。はい、感情に流されてしました。

 だって可愛かったんだもの。


 特に咲江さきえって呼んだのに対して「咲江さきえちゃんって呼んで」と応えた時の反応といったら……いや、これは余談だな。今ここで語る様な話でもないだろう。


 それにしても、俺は本当にこれでいいのだろうか?

 確かに特殊な環境だ。そして俺がスキルを止められない以上、精神を維持しつつこの世界に留まるためには、大切に思う女性が必要だと言われた。それは分かる。

 だけどもし元の世界だったらどうなっただろう。

 本当に奈々なな一筋だったか? 別の女性に浮気したりしなかったか?

 なんか信じていた自分の性格が怖くなってきたぞ。

 よし、これ以上は増やさない。というか、奈々ななにはなんて言い訳しよう。

 まあ、取り戻してからの話だけどな。いや、取り戻せたらか……。


 もし奈々ななの言葉が本心からだったのなら、俺は祝福するつもりだ。

 別れるのは辛いけど、奈々ななの幸せを一番に考えると誓って生きて来たんだ。これは、少し予定と形が変わるだけだ。

 そして、以前の俺だったらそれで消滅していた。なんて言うと幽霊が成仏したみたいだな。

 だけどこの世界に未練が無くなれば、俺はこのスキルによってこの世界から外れて消える……はずだった。

 でも今は消えない。


「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」


「そんな訳ないですよね。こっちはもう全く眠れませんでしたよ。取り敢えず朝食を用意しますね」


 ひたちさんにセポナ。今はこの二人がいる。それに――、


「あ、あの……お、おはようございます。は、初めまして……ええと、3号です」


 いや凄い自称をしないでくれ。というか誰が1号で誰が2号だよ。


「今更だけど紹介するよ。この子は咲江さきえちゃん。俺達の仲間だ。そしてこちらがひたちさんとセポナ。二人とも、俺の大事な仲間だよ」


「初めましてでございますね。南条ひたちなんじょうひたちと申します。敬一けいいち様の身の回りのお世話をしております」


「こちらこそよろしくお願いします。私はセポナ・カム・ラソス。敬一けいいちさんの奴隷です」


「あ、改めて……よろしくお願いします。あの、それで私のスキルなのですが……」


 二人と俺を巻き込まない様に、彼女のスキルの講習を受けた。

 でも思ったより範囲が広いし融通も利かない。一言で言うのなら、周囲の人間皆殺し系のスキルだ。

 これは使い処を真剣に考えた方が良いな。

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