第129話 こうして平和に終わるのならどれほど良いだろうか

 俺は今や追われる身。龍平りゅうへいは……まあ情け無用の武装警察みたいなものだろうか? いや、その場で処刑しているって事はそんなに甘いものではないな。警察と裁判官と弁護士を兼用したら、それはもう暴力だ。だけどそうか……あいつの手も、今や血まみれか。


 元々瑞樹みずき先輩の話を聞いた時に、龍平りゅうへいには任せられないと思った。

 この想いは今も変わらない。ただ、あいつを非難できるかといえばそうもいかない。俺はその場にいなかった。俺もまた、守れなかったんだ。


「コーヒーっぽいのを淹れたよ。少し温まろう」


 考え事をしていたので支度に手間取ったが、なかなかいい味に仕上がったと思う。

 これで体を温めて、少し落ち着けると良いのだけど。


「こ、こんなもので買収なんてされないんだからね!」


 いやそこまでのチョロさには期待してはいないよ。なんて言えないけどね。


「そういうつもりはないよ。少し落ち着いて話したかっただけさ。体も冷えてしまったしね。さっきも聞いたけど、傷は残っていないか?」


「だ、大丈夫。そういった治療のスキルもあるし、大抵はアイテムでどうにかなるから。今は何ともないわ」


 顔を真っ赤にしてコーヒーをフーフーしている。猫舌なのか、照れ隠しなのか、こうしていると可愛いものだ。

 敵対すると容赦なく殺しに来るけどな!


「その割には、服の方の修復はおざなりだな。そっちの専門家はいないのか?」


「悪かったわね! この服は特別に硬いの。だから現地人の仕立て人じゃ針も通せないし、召喚者でもそう簡単に出来るものじゃ無いの!」


 ああ、なるほど。言われてみれば納得である。

 ダークネスさんの剣が折れた程の強度だ。普通の人間に対処できるものではないな。

 だけど多分、俺なら出来るか……。


「もっときれいに縫い直してあげるよ。貸してみな」


 そう言って手を伸ばす――が、しまった! と一瞬で後悔する。

 ついつい奈々ななと会話している時のような感覚で応対してしまった。

 しかもその時も着ていない服。着ている服を要求するなんて初めての体験ですよ。

 やばい、これは死ぬ!? 本体を外しておくか?


「い、い、いいわよ。ちゃ、ちゃんと直してね」


 そう言うと、ガバッと脱いでこちらに渡してきた。

 ひえええー。確かに毎日ひたちさんやセポナと肌を合わせているが、こういったシチュエーションは初めてだ。

 大体、あの戦いの後で素直にこんな状況になるか?


『お主は天性のたらしだ』

『女ったらしー』

『女の敵ー』


 だからお前らいい加減にしろ。


「じゃあそれまではこれを着ていてくれ」


 そういって俺の予備の服を渡す。まあ濡れたままの服を着させておくよりも本来はこの方が良いのだろうが、まさか素直に脱ぐとは夢にも思っていなかったよ。

 結果オーライとはいえドキドキものだ。


 そこからは無言が続いた。

 一応、『尋常ならざる強度がありますから』と言われて受け取った糸がある。まあ色々と使えるからと出発の時に受け取ったものだ。

 針もそれなりの強度がある物だが、むやみに刺そうとしてもまるで歯が立たない。なるほど、あの硬さは伊達では無いって事か。この出鱈目で無茶苦茶な縫い方は、釘とハンマーでも使って無理やり穴を開けたのだろうか。


 だけど俺も、彼女との戦いで成長した。あの木谷きたにのスーツを切るほどに。

 やる事は同じ。服の強度を外す。そうすると、多少の抵抗はあるがすんなりと針が通る。後は縫うだけだ。


 子供の頃から、こういった事は全部自分でやっていた。親には頼れなかったからな。

 それにこういった没頭できる細々とした作業は、子供の退屈しのぎとしては結構楽しかったのだ。


「へえ、器用なものねー」


 いつの間にか、咲江さきえちゃんが肩に顎をのっけてこちらの手元を見ていた。

 いや近い近い。警戒心は無いのか!? もしくは、戦闘になったら先手を取れるという絶対の自信か。

 そういや彼女のスキル、未だに分かって無いな。でも多分、聞いたらこの関係も終わりだ。今は好奇心を押さえよう。


「昔からやっているからね。得意なんだよ」


 代わりにそう答えておいた。

 家は父親だけで、しかも裁縫はまるでダメだったからな。俺はもう、小学校の低学年の時にはある程度マスターしていた、師匠は親父のパソコン。ネット社会万歳だな。


「凄いんだね。ちょっと尊敬するよ」


「大げさだな。練習すれば出来るようになるってレベルだよ」


 こうして黙々と作業をしている間、彼女――咲江さきえちゃんは黙って見守っていた。

 このまま戦わずに済むのならどれほど良いだろうか。

 それとも、やっぱりこれが終わったら結局仕切り直しになってしまうのだろうか?

 そんな不安の中、何も考えが纏まらぬうちに修復は完了してしまった。

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