第128話 追われる身だってのは今更な話だな

 とにかくここは濡れるから……と言う事で、近くの木立まで移動した。

 ここは自然が多い。蔦の張った広葉樹の下は、思ったよりも雨を防ぐことが出来た。これなら少しだけど、ゆっくりと話せる時間がとれそうだ。

 それにしても……改めて彼女を見ると、頭の先から足元までずぶぬれだ。跳ねた泥は太腿まで飛んでいる。かなり激しくやり合ったからな。

 まあ、前転した俺ほどではないが。


 それにしても、濡れた薄手のシャツはピッタリと張り付きボディラインを強調。クッキリと浮き出た黒いブラがまたエロい。

 下のスポーツ用のショートパンツも体に張り付き、なんか裸よりも見ちゃいけないものを見ている気になってくる。

 いやいや、落ち着こうね、俺。


「ちょっと火をつけるよ」


 そう言って、背負っていた背嚢バックパックの中からセポナの使っていた固形燃料を取り出す。

 火打石で火花を飛ばすだけで、一瞬で燃え上がる便利な代物だ。そう言えば危険だから戦闘になったら背嚢バックパックは捨てろと言われていた気がする。

 まあ結果オーライと考えておこう。

 ついでにタオルを取り出して彼女に渡す。


「これで体を拭くといい」


「あ、ありが……とう」


 今のところ、警戒心は無い。男と女、いい雰囲気だと言いたいが、俺にとっては野生の熊に餌付けしている気分だ。真面目に怖い。ちょっとのミスで確実に殺されてしまう。


『いい感じです。そこで抱きしめて、木に押し付けてください。口説き文句はお任せします』


 その口説き文句が思いつかなかったので今回はパス。

 その代わり、落ち着けるようにひたちさん特製のコーヒーぽいものを淹れる事にした。

 雰囲気は悪くない。後は最後まできっちり言葉を選べるかだ。普通に考えれば、最初は無難なところから入るべきなんだろう。

 だけど――、


「……俺が都市でしたことは、到底許される事ではないと思う」


 俺はいきなり、そこから切り出した。


「私を斬った事? それとも都市の一角を崩壊させて、数十万人の死傷者を出した事?」


 覚悟はしていたが、そこまでの被害になっていたか。

 これはもう地獄行き確定だな。みんなが戻れても、俺だけはダメな気がする。倫理的に。


「両方だよ。仕方がなかった――なんて言い訳する気はない。本当にすまなかった」


「い、いいわよ。もう過ぎた事……よ。そ、それよりも聞きたい事があったの。どうしてあの時、私にトドメを刺さなかったの?」


 ありゃ、完全に意識を飛ばしていたのか。

 それに龍平りゅうへいからも説明を受けていないと見える。

 多分アイツは、あの後すぐに俺を追ったのだろう。同時に彼女が、龍平りゅうへいとは親しくない事も分かった。

 チャンスではあるが……、


「いや、あの時は途中で龍平りゅうへいが来たんだよ。知っているかな? 俺と同じ日に召喚された肉体強化のスキル持ちの奴。だから俺達の決着はつかなかったのさ」


 あえて、俺は正直に答えた。

 嘘を通そうと思えばできたかもしれない。だけど、嘘発見器なんて持っていたらお終いである。事実は事実として話すべきだ。

 まあ、トドメを刺そうとした事は伏せておくけどね。


龍平りゅうへい……確かアンタと同じ高校だったね。まあ知り合いでもおかしくはないけど、また随分と立場が変わったものね」


「そんなに変わったのか? まあこんな状況だから交流はなくてね」


 そういえば、ひたちさんからも龍平りゅうへいの詳細は聴いていなかったな。

 興味が無かったわけじゃないよ。本当だよ。


『ハッキリ言おう、お主はむっつりスケベで女好きだ。男の事などどうでも良い男だ』


 平八へいはちさんの幻聴うるさい。


「アンタは国中から追われるテロリスト。そして私ら召喚者からすれば、帰る手段を奪ったとんでもない馬鹿。一方で龍平りゅうへいってのは、今や中央に出入りする人間だよ」


「出世したって事か?」


「違う違う。ただの犬。詳しい事は知らないけど、前のリーダーは相当にクズでダメなやつだったらしいけど、今の彼に変わってからは業績も良くてね。それに迷宮ダンジョンで盗掘を行っていた奴を相当始末したとかで、それなりの権限を貰っているんだよ」


「盗掘って召喚者か?」


「まさか。私らは公認。盗掘って言うのは、ポッコリ空いた別の穴から潜り込んで色々盗んでいく連中だよ。大変動直後は表層にもお宝がゴロゴロしているけど、同時に外にもたくさん穴が出来っちゃうからね。そういった所から入り込んで盗んでいく奴等がいるわけ。かくいう私も、その見回り中。まあ、こっちは怪物モンスターが出入りする危険な穴が無いかの確認が主だけどね」


「へー……」


「あ、アンタを探していた訳なんかじゃないんだからね! そ、そ、そこは勘違いしないでよ!」


 いや、していないから大丈夫……でもないか、実際バッタリと出くわした時は、その可能性も考えた。

 そんな会話をしながらふと見ると、彼女は服の中にまでタオルを入れてごしごしと体を拭いていた。

 その仕草がなんかエロい。あんなに真面目な話をしていたのに、頭の中からコロンと落ちた感じがする。


『お前は女に目がない。特に良い女にはな。根っからの女好きだ』

『変態』

『スケベ』


 平八へいはちさんと双子の幻聴うるさい。

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