第127話 いきなり何を言い出すんだこの人は

 戦う事は避けられない。だけどどうにか殺さないで済むようにしたい。

 以前に彼女を斬った時、俺は感情を外していた。だけど人であるためには、いつまでも外したままには出来ない。正気に戻ってからのあの後味は最悪だ。

 話を聞いてくれるのが一番良いのだが、あのバールの様な物を持った男を思い出す。

 迂闊に召喚された日を聞けば、変に火が付いて逆に会話にならない可能性だってある。本当に面倒くさいことをしてくれたものだ。


「何とか話を聞いてくれないか?」


「自分の立場、分かってる?」


「ああ、分かった上で言っている。俺がこの世界に召喚されてから地上に行き、秘宝とやらを奪取するまでの話だ。そちらも興味があるんじゃないのか? 俺が――」


「な、何を言っているのよ! なんであたしがあんたなんかにきょ、きょ、興味何て持たなきゃいけないのよ! 自意識過剰すぎるでしょ! 馬鹿!」


 いや待って、俺なんかそこまで言われるような変な事を言った?


敬一けいいち様、聞こえますか?』


 今度はひたちさんか。だけど声に落ち着きがある。緊急事態では無さそうだ。

 声の出どころは言うまでも無いな、ウサギの髪留め型の通信機だ。とは言っても、ここで通信なんて始められる状況じゃない。色々な意味で。

 そんな訳で、今は申し訳ないが無視。何とか彼女との会話の中で、それっぽいワードを口にするしかないか。


『通信機の異常は検知できませんので、伝わっている前提で話します。大切な話なのでよく聞いてください』


 さすがひたちさん。場慣れしているというか、冷静だ。こちらの状況も、おそらくはこれまでの音や俺と彼女との会話で把握しているのだろう。

 ここはひたちさんの言葉を聞くとしよう。多分だが、状況を打開するための方針に違いないからな。


『いいですか、そのヒト、ちょろいです。口説いてその辺でチャチャッと抱いて篭絡ろうらくしてください』


 ……はい?

 今なんて言った?

 物凄い無茶振りを言った気がするぞ。つかマジか?

 聞き返したいが、それは出来ない。


『もう一度言います。おそらく百年に一人。いえ、千年に一人クラスのちょろさです。上手に口説けばこの状況でもコロッと堕ちます。戦闘を避けるためにも、首都の情報を得るためにも、敬一けいいち様、しっかりとお願いいたします』


 しっかりとお願いされたってどうすればいいんだよ!

 俺は自慢じゃないが、今の今まで女性を口説いたことは一度としてないんだ!


『大丈夫です。間違いなく押しに弱いタイプと推測できます。もし押せない様だったら土下座してください。それで怯んだ時に、改めてガンガン押し切れば大丈夫です。一応はこちらでも準備はしておきますが、それを待つ必要はありません。出来そうであれば、その場でどうぞ』


 どうぞじゃねーよ。失敗したら何度死ぬか分からないし、それどころか今後の話し合いの機会も全部消えるぞそれ。出来るか出来ないかを先に考えてくれ。

 というか準備って何をするつもりだ? 嫌な予感しかしない。


 だけどそんな事を考えている余裕は無い。一瞬気を取られた時には、すでにもう彼女の姿は無かった。この相手に余計な思考は命取りだ!

 だが環境と運が味方した。背後から聞こえた水の音。着地音だ。

 全力で前にジャンプして前転。同時に頭の上を、何かが通った感触があった。

 あぶねぇ、避けて無かったら首が飛んでいたぞ!


 今までの戦いの様に俺を外せば問題無かっただろうが、あれはある意味最後の手段だ。

 何処までの連続使用に耐えられるかも分からないし、奈々ななの時は本当に消えかけた。あの時の喪失感を考えると、どうしても身がすくむ。


「強いな……最初の会った時の言葉は謝るよ。確かに君は強い」


「あ、あったり前でしょ! 強いの! あたしは強いのよ! なによ! 褒めたって手なんて抜かないんだからね!」


 なんだかまんざらでもなさそうにもじもじしている。

 言われてみると……たしかにチョロそうな感じはするな。というより会話慣れしていないというか、男慣れしていないというか……。

 いや、それをチョロいと勘違いするのは早計だ。それらは身持ちの硬さとは無縁の話だからな。だけど――、


「とにかく名前を教えてくれ。その位は構わないだろう?」


「……み、美和咲江みわさきえ。それでいいでしょ! もう観念しなさい」


「待て!」


 動き出そうとした彼女が、ビクンと止まる。

 もうこうなったら本当に押し切るしかない。


咲江さきえちゃん、聞いてくれ」


「ちゃ、ちゃん!? しかも、い、いきなり名前とかあんた何を考えて」


「聞くんだ!」


 剣を鞘へと納め、無造作に近づく。スキルを使われたら、多分死ぬ。まあ外れるだけだろうが。

 だけどこれは賭けだ。木谷きたにじゃないが、時には賭ける事も必要だろう。

 当然、名前で読んだり”ちゃん”を付けたのはわざとだ。

 あの人慣れしていない感。普段のイケメン風の口調。絶対にそう呼ばれた事なんて無い。

 だからこそそうした。心を乱す為に。


 そして何の攻撃を受けることなく、俺は彼女の目の前に立った。


咲江さきえちゃん。俺の話を聞いてくれ」


「……は、はい」


 顔を真っ赤にして、彼女は小さくそう言った。

 本当にチョロそうだなー。

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