第120話 この人も読めない人だな
翌日、さあ出発だと支度していた俺は、今度は
相手はここのリーダー格の一人にして、かつての反乱者の一人。その呼び出しを無下には出来ない。
でもなー……初日のお茶がまだ気になっている。結局、あれに口を付ける勇気は無かった。
ただ今回は一対一。果たして誤魔化せるのだろうか?
いっそあの汚部屋を俺が掃除するという手もあるが、茶を一杯飲むために何週間かける気だ俺。
そんな訳で、目的の家に付いた。そんな訳でといっても、掃除する決断をしたわけでは無い。当たり前か。
まあ場所はしょっぱなに呼び出された場所だ。
軽くノックをして挨拶をすると、俺は扉を開けた。
――と同時に中からガラガラとがらくたが転げ落ちてくる。大抵は空き缶、空き瓶、まあその手の物だ。同時に黒い虫が一斉に足元を走っていった。
ああ、嫌いな人は今ので死んだな。そんな事も考えるが、俺は死ななかったので良いだろう。
「入りますよー」
中にはあの時と同じにテーブル一つに椅子が5つ。特に意味があるわけでは無く、動かすには大掃除が必要になるからだろう。
当然の様に、あの時と同じ、向かって左側に彼女は座っていた。
まあ彼女ではなく人形だけどな。蜘蛛を思わせる形状をした、白黒の縞模様の足。そして上半身は多関節の6本腕。体は頭があるべき場所まで黒いチューブの塊の様で、うねうねと動いている。
まああの時と変わらない姿だ。
「ようこそいらっしゃいました。今日は個人的な話ですので、奥へどうぞ」
絶対に嫌です!
――とは言えないのがつらい所だ。というか、声だけは凄く良いんだよなこの人。
少し鼻にかかった様な優しげな声。ちょっとお姉さんっぽいか。
ただその道のりは困難だ。一歩踏み出すと、様々な物が折り重なったゴミの地層を感じる。要はグラグラして不安定なのだ。
そして振動で危険を感じ取ったのか、様々な虫が一世に飛び出してくる。
いや出てくるだけなら良いが、パニックになったのか相当数が飛び回っている惨状だ。
うん、普通の人なら二度死んだ。もし体に張り付いたら三度目の死を迎えるだろう。
だが幸い、俺は虫とかはあまり怖くはない。というか、もう命のやり取りをしてしまったしな。逃げるだけの小さな生き物に脅威は感じなくなっていた。
「失礼します」
奥にあった扉は一つ。ダークネスさんの家もそうだが、どれも似たような造りだな。
俺の家だとこの奥に廊下があり、左右に部屋、その奥は浴場とトイレだ。
だがこの家は小さく、入った先はもう普通の部屋だった。
足元にはピンク色の絨毯。そして入り込んだ虫たちは、次々と見えない何かに刺され塵のようになって消える。いやこえーよ!
そして壁紙は同じくピンク色で、可愛らしいキューピッドの模様があしらわれている。
扉一枚で隔たれた汚部屋とはうって変わって、足元には塵一つない。つか虫の死体の痕跡は? 本気で怖いぞ。
奥にはベッドが置かれ、真っ白い長い髪の女性が上半身を起こして横になっていた。
綺麗な人だな――第一印象は、間違いなくそれだった。
髪は真っ白でベッドに横になっているが、病的なイメージはあまり無い。
窓から差し込む優しい日光に照らされたその姿は、深層の令嬢という言葉が似合うだろう。
「ふふ、こんな姿で失礼しますね。どうぞおかけください」
「いえ、そんな事は気にしないでください」
見た所、赤紫のパジャマに真っ赤な厚手のガウン。下半身は掛け布団がかかっているので分からないが、まあパジャマだろう。
一瞬だけ、パンツ一枚だけという姿を妄想して頭を振りそうになる。
昨日ダークネスさんに言われた事がまだ頭に残っているな。
取り敢えず促されるがままに椅子に座るが、場所はベッドの真横。しかも頭が近い。
とはいえベッドの上に座るわけにもいかない。
ダークネスさんの言葉がますます気になってしまうが、まあ素数でも数えて落ち着け俺。
「ええと、はじめましてではないんですよね?」
「ええ。あれは人形とはいえ、私と意識を共有していますから」
となると、あの怪しげなカップに茶を注いだのは間違いなく本人の意志か。やっぱり油断はしないようにしよう。
「今日の用件は、貴方が再びロンダピアザに戻る件に関してです」
いやまあ、もうそれしかないですよね。他の要件だったら逆にびっくりだ。
というか、当たり前だがもうみんな知っているのな。
となれば、あれこれ言葉を選んでも仕方がないだろう。
「
「正直に言えば反対です。貴方が危険なのは当然ですが、ひたちやセポナさんまで危険に晒すことになる。それは理解しておいででしょう? それとも、一人で行けるつもりですか?」
”行くつもり”ではなく”行けるつもり”。今まで外の世界の危険さは今一つ実感していなかったが……なるほど、相当危険な様だ。
「一人で行くのは無理です。お恥ずかしい話ですけどね。でも必ず――」
「この世界に確実な事などありませんよ」
言おうとした事を、ぴしゃりと先に封じられてしまった。
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