第119話 俺の知っている奈々はあんなミスはしない

 あの巨大な城……というかラブホテルのような建物で会った時、奈々ななは左手の小指に指輪をはめていた。

 もしごうとやらも同じ指だったり、全く別の指だったら気にもしなかっただろう。

 だがあれは隷属の指輪。互いの愛に隷属するために自分で付けたという。

 それだけ重いものだ。どんな状況であったかまでは想像できないが、当人同士とっては重要な儀式であったに違いない。


ごうって奴は、隷属の指輪を左手の薬指に付けていたんですよ。でも奈々ななは違った。サイズが合わなかった? 天然だから間違えた? どっちも無いと思います。それにあいつは、結構結婚願望が強かったんです。その……よく将来の事なんかも話し合いました。だから、そういう事をおざなりにするやつじゃない」


「改めて言うが、召喚者の精神を操る術は存在しない。お主が木谷きたにから聞いた話の報告は受けているが、それは召喚されたばかり。まだスキルも使えない、普通の人間とさほど変わらない状態に限定されている。そしてそれも、おそらくは脆い。強い意志で真っ直ぐに説得すれば、簡単に解ける程度の代物だろう。だが、奈々ななとやらに関してはそういった類とは思えぬな」


「不可能とか――俺を前にしても、絶対だと言えますか?」


「これはしたり。確かにその通りだ。世界は我の知らない事で満ちており、それは今も次々生まれていよう」


「それが、俺が行く理由です。まあ直接奈々ななの元へ行くのは自殺行為なので、先輩を狙う訳ですよ。まあそれ以前に、先輩をこれ以上あんな所には置いてはおけない」


「だが時期を考えれば迷宮ダンジョンに入っているのではないか? 場合によっては1年以上籠っているかもしれないぞ」


「その時はその時ですが、まあスキルを使えばどうにかなるような気がします……それで思い出したのですが、俺のスキルに関して知っていることを全て教えてください」


「以前に言った通りであるが、まだ足りぬかね?」


 確かに俺のスキルに関しては以前にも聞いた。だけど、果たしてそれだけだろうか?


「俺は地上で消えそうになりました。正直言えば、もうダメだと思っていました。だけど消えなかった。それにその後……その、まあ、色々あって元の状態に戻れたんです」


「色々あってではなく、色々やってであろう」


 ――知っているんかい!


 まあひたちさんから筒抜けの様な気がするな。デバガメとかではなく、俺の研究のためだろうが。


「ハッキリ言おう、お主はスケベだ」


 ハッキリすぎて椅子から落ちそうになったぞ。

 というか、そういう言葉を言うタイプの人間だったのか。


「分かり易く言えば、お主が消えなかったのは最後の一線がこの世界と繋がっていたからだ。具体的に言えば奈々なな瑞樹みずきだったか。あの両名への想いが、お主をこの世界に留めていたと断言して良かろう。もうギリギリであったがな」


「一応、龍平りゅうへいっていう親友もいるんですけどね」


「それは頭の片隅にある染みのようなものだな。お主を現世に留めるほどの力はなかろう」


 なんか酷い事を言われているが、何故だろう、どこか心当たりがある。

 俺は三人を対等に考えていたのだろうか? 何処か龍平りゅうへいをおざなりにしていた事はないか?

 ……心当たりが多すぎる。すまない龍平りゅうへい、お前は俺にとって染み程度の存在だったらしい。

 いや、マジでそう思っているわけじゃないけどな。


「貴方は根っからの女好き」

「男なんてどうでも良いのよ」


 双子からのツッコミが入るが、やかましいわ。


「だがそれも切れかけていた。奈々ななとやらへの疑惑は晴らせず、瑞樹みずきとやらが追ってきた真意も確認出来ず、二人への不信感が高まっていた」


 まるでその場を見てきた……いや、心理状況まで正確に把握していたかのようだ。

 そしてそれは、何一つ間違っていない。俺とあの二人との絆は、あの時確かに断ち切れそうだった。

 でもかろうじて、まだ最後のチャンスという名の希望の芽があった。それが俺を繋ぐ最後の糸だったのか。


「その後でまあその、知っていると思いますが色々ありまして、俺は普通の状態に戻れたのですが……」


「ひたちさんの巨乳が良かったのかしら」

「セポナさんの無乳が気に入ったのよ」


 だからやかましい。


「言うまでもない。お主を繋ぐ、新たな存在を得たという話だ。お主はスケベで、女好きで、更に堂々と複数の愛し、そして相手を出来る男だ」


 どう受け取ればいいのだろう……?


「変態」

「スケベ」

「浮気者」

「女の敵」


 ですよねー。


「よく言えば、お主は自分と関係の深い者の不幸を放置しておけない性格だ。もし愛する誰かの命が危機にさらされれば、迷わず救いに行くだろう」


「それは当然では?」


「だが女性に限るだろう?」


 返答に困る。


「それがこの世界にお主を繋ぎとめる絆だ。その性格は調査の結果わかっていた。だが共に居た二人の状況が状況だったのでな、ひたちが志願して、お主をこの世に留めるくさびになる事になったわけだ」


「それで俺を誘惑していたんですね」


「まあ、その前にあんな小さな奴隷を囲っているとは……ククク……思わなかったがな……ククククク」


 その後の結果が結果だっただけに、もう何も言えねぇ……。


「スキルは使い続ければ、更に強力な力となるだろう。だが同時に、それはお主がこの世界から消える危険が増すという事だ。それを防ぎたければ、この世界により多くの絆を作る事だ。あえて言うのなら、ハーレムだな」


 この人の口から、そんな言葉を聞く事になるとは思わなかったよ。

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