第117話 これは本当に偶然だったのだろうか

 蜘蛛の巣の様なベールをベリベリと剥がしてセポナを救出する。

 俺が生きているから無事だとは思うのだが――、


「大丈夫か?」


「うえぇー、ご迷惑をおかけしました。でも、これでわたしもお姫様ですかね?」


 それだけの軽口が叩ければ十分だ。

 互いの無事を確かめ笑いあう。ただこれだけで、戦闘で極限状態だった心の糸が緩む。

 同時に、向こうへ行った体も少し返ってきた気がする。

 もしセポナに会わなかったらどうなっていたのだろう。もしくは、あの時に殺してしまっていたら……。


「どうしました? ボーっとして。べとべとで気持ちが悪いんです。早く戻って洗ってくださいよ」


「ハイハイ、お姫様。ああそうだ、ついでに例の銀、少し持っていくか?」


「え!? いいんですか? こんなにご迷惑をおかけしたのに……」


 うつむいて、両手の人差し指の先をくっつける。今時昭和生まれでもやらんぞ、そんな仕草。


「良いんだよ。さあ、戻ろう」


敬一けいいち様、ご無事ですか? 援軍はまだ暫く掛かります。わたくし一人ならもっと早くに到達できますが、それでは――』


 丁度帰ろうとした時、ひたちさんからの連絡が入った。相当慌てている様子だ。とはいえ――、


「もう大丈夫だ。さっきのモンスターは倒したしセポナも無事だ。これから戻るよ」


「え、お一人で倒されたのですか?」


「穴を開けたり天井を崩したりして良いのなら、大抵の奴には負けないよ。むしろでかい怪物モンスターの方がやりやすい。まあ、それでも勝てなかったらヤバかったけどな」


『安心いたしましたが、無理はしていませんよね? 休息の支度をしてお待ちしております』


「ああ、よろしく頼む」


 これで一件落着ではあるが、セポナには疲れが見られる。

 まあ当たり前か。酷い目にあったしな。だが幸いにして、目的の場所は帰り道の途中。

 普通に戻って行けば――よし、見えてきた。


「それじゃあ俺が掘っているから、セポナは少し休んでいるといい」


「はーい。沢山お願いしますね」


 買い物が出来るわけじゃないし、そんなにあっても使い道が無いだろう。

 だがそんな事を言うのは野暮ってものだ。カラスと女の子はキラキラしたものが好きだしな。俺は周りの白い石を外しながら、埋まっていた銀の塊を取り出した。


「――どういう事なんだ、これは」


「どうかしましたか?」


「ああ、ちょっとな」


 銀の塊は、そのままポンと固まっていたわけでは無い。

 溶けた岩石の様に周りの物を取り込んで、融合している部分もある。形も複雑だ。

 そんな取り込まれた物の中に、見慣れたものがあったのだ。

 慎重に、それを銀の中から外す。

 手になじむグリップ、微かに光る刀身。間違いない、何度も振るった剣。肉を切り、ダンゴムシを解体し、そして召喚者や現地人の兵隊と戦った。こいつは勇者の持っていた剣だ。


「あれ? なんでそんなに懐かしいものがここに?」


 ああ、そうか。正常な時間の中にいるセポナにとっては何か月も前の出来事だ。

 だがこの世界の法則に捕らわれていない俺にとっては、つい先ほどの事に感じられる。


「なんだか運命的なものを感じるな」


「同じアイテムって結構沢山出たりしますので、前のとは違うと思いますよ」


「それはちょっとロマンがないなぁ……」


 だがダークネスさんから貰った剣も、今ので2代目だ。勇者の剣だって何本もあっても不思議じゃないな。





 そして開けた穴を通って出口へ。

 うん、なんか予定外の大冒険になってしまったな。


「あ、あれ最初に見つけた銀ですよ。あれも持っていきましょう」


「そんなにあってどうするんだよ」


「銀は加工しやすいので、食器や飾りなど、様々な用途に使えるんですよ。それに銀はヒ素に反応して変色しますからね。毒殺防止にも役立つのですよ」


 エッヘンという感じで鼻息も荒いが、その辺りは俺も知っている。つかヒ素もあるんだな。

 まあ今更心配もしていないが、セポナから毒殺される危険も当分はなさそうだ。





 あれもこれもと一通り回収して地上に出た時は、もう30キログラムは越えていたと思う。というか、殆どは最初の奴だ。

 さすがにこの重量を持って坂道を登るのは疲れたが、何とか無事帰還する事が出来た。

 この労働の対価は今夜にでも払ってもらうとしよう……なんて思ったが、考えてみれば毎晩の事だった。むしろ俺が対価を払うべきだったな、うん。


 外はもう夕暮れ時で、空はオレンジ色に染まっていた。

 もう何度も見たが、やはりこの空は故郷とはどこか違う。でも何処か郷愁を漂わせる点は変わらないな。

 そんな俺の前にセポナが躍り出ると、くるりと振り向いた。

 体が小さいだけあって、そんな仕草をするとまるで子供みたいだぞ。


「どうかしたか?」


「改めてお礼を言いたかったんです」


「銀か? こんなことどうってことないよ」


 そう笑おうとしたが、彼女の目は笑ってはいなかった。


「わたしを殺さないでくれてありがとうございます。迷宮ダンジョンで何度も守ってくれてありがとうございます。地上で救ってくれて、怪物モンスターから助けてくれて、何度も何度もありがとうございます」


「いいんだ……俺も、数えきれないほど世話になっている」


「わたしにはもう何もありません。お金も後ろ盾も無いただの奴隷です。それなのにずっと傍に置いていただいて、本当に感謝しているんです。ありがとうございます。愛しています、ご主人様」


 ああ、その気持ちは俺も同じだ。

 今までずっと言えなかった。だけど、今なら素直に答える事が出来る。


「俺も愛しているよ、セポナ」


 その時見た夕日に照らされた彼女の顔は、今まで見た中でもとびっきりの笑顔だった。


「でもひたちさんも愛しているんですよね? スケベ」


 そして何とも答えづらい事を言われてしまった。


「それはまあ、勘弁してくれ。ところでご主人様ってのは何だ?」


「奴隷にそう言われると喜ぶと聞きましたよ。ただそう呼ぶと必ず手籠めになるとも言われましたが、それは今更ですしね。これからのサービスです」


「他の人になんて言われるかわからないから、今まで通りに呼んでくれ……」





「おかえりなさいませ。早速なのですが、平八へいはちさんがお呼びです」


 家に帰った早々、待っていたひたちさんからそう告げられた。


「ダークネスさんが? 何の用だろう?」


 何て言ってみるが、言うまでもないな。ロンダピアザに戻る件だ。

 どちらにせよ、行く前には挨拶を済ませるつもりだったから丁度いい。


「それじゃあ先に行ってくるよ」


 そう言って、俺は外に出た。

 そして10秒後には、家に戻っていた。


「ダークネスさんの家ってどこ?」

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