第112話 確かに大変動は怖かった
扉からノックの音が聞こえてくる。
「どうぞお入りください」
俺の確認を取らずにOKを出すって事は、ひたちさんも何か察していたか。
「失礼します」
入って来たのは大学生か社会人。そんな感じの男性だった。
背は俺と同じくらいだが、全体的に線は細く髪は少し長めで目元が隠れている。
髪の色は黒。隠れているとはいえ、その奥には黒い瞳も見える。召喚者だ。
「ああ、
まあ妥当だろうけど、そんな事を正直に言う必要はないぞっと。
「そちらは?」
「おっとそうでした。自分は
「
“貴方と同じ召喚者”と言われて、納得したのはここでは彼が初めてだ。
妙な所で親近感を感じてしまう。
ちなみにこの家に玄関はない。入ってすぐがリビングだ。
特に入り口まで行って挨拶するのも変だったので、座ったまま返答した。
向こうもそれで良かったのだろう。「いやあ、今日も良い天気ですね」などと他愛もない話をしながら勝手に入って来て席に着いた。
「知ってはいたが、やはり会うと緊張するね。だけどお互い面倒な挨拶とは無縁そうで安心したよ。早速本題に入って良いかい?」
「それはむしろこっちが有難い。何かあったのか?」
というか昨日の今日だ。動きがあるにしても早すぎはするが、常に警戒を怠ってはいけない世界だしな。
「南北両国とも、大々的にメッセージを飛ばしました。ラーセットから奪われた秘宝を持って来た者には5代までの繁栄を約束するとね」
それはまた随分と古風な約束だな――とは思ったが、この世界ではそれが金とかよりも魅力的なのだろう。当然だが、一番一般的に欲しいものを対価として用意するのが普通だしな。
というよりも――、
「早速ここに使者が来たとかいう話かと思ったよ」
「それはさすがに舐めすぎですよ。ここは何処の国も把握していません。そんな事になったらまあ……逃亡生活ですかね」
「いや、それはすまない。しかしそんな事を公言して良いものかね。正面切ってラーセットに喧嘩を売っているようなものじゃないか」
「実際そうですよ。この辺りの力関係が均衡していたのは、ラーセットが召喚の技術を持っていたからです。それが無くなれば国家としての価値が失墜する事は避けられません。ましてや他国が手に入れて他国の迷宮にまで手を伸ばせるようになれば……」
それ以上はあえて言わなかったが、まあ言われるまでもない。もう戦争の話は聞いている。
だがあれほどの巨大建築を作る世界だ。そう簡単に戦争に発展するとは思えない。
ましてや、世界は
とは言っても、戦争とはなにもドンパチだけじゃない。経済戦争だって立派な戦争だ。
南北どちらも激しい外交戦を展開してくるのは火を見るより明らかだと思われる。
ラーセットの立場は気の毒だが、そもそも召喚なんて行わなければひっそりとした小国でいられたはずだろうにな。
そういった点では自業自得ともいえるが、発展を望まない政治とかは確かに嫌でもあるか。
だがここが安全で一安心。何か月も歩いて辿り着いたのに、早々に追い出されてはたまらない。
「ただ今までの様にはいかないかもしれません」
だけどひたちさんはちょっと浮かない様子だ。
「今までわたくしたちに対して追跡の手が緩かったのは、探索の危険に対して価値が見合わなかったからです。不定期とはいえ、それなりにノルマは収めていましたし。ですが、今は事情が大きく変わりました」
確かにそうだな。あの時計は俺にとっては完全に予想外の副産物だったわけだが、同時にこの世界にとっては俺が考えていたよりも遥かに重要な品だったわけだ。
「今後は
「俺達は地下の奥深くに潜んでいると考えられているんじゃないのか?」
「確かにそうなのですが、地上を行動する人間は確実に増加いたします。ラーセットの様子を伺いに来た他国や、その対応に出た斥候ですね。そんな彼らに見つかる危険も増えたと考えていいでしょう」
「そういう事。今回はそれを伝えに来たんだ。外出する時には、必ず前もって知らせてくれる様にね。ああそれと、次の大変動が迫ってきている。まだ何とも言えないが、7日から40日ってところだろうね」
「そんなにアバウトなのか?」
「大変動は
「前にも思ったけど、大変動って怖すぎだろ。どうにか手はないのか?」
「ありませんね。近くなったらセーフゾーンに引きこもって耐えるしかありません。そういえば、以前の大変動は召喚から間もなかったですからね。新規の召喚者は相当に肝を冷やした事でしょう。それでも死者が出なかったのは、さすがは教官組と言えるでしょうが」
教官組……一人は分かる。あの
強かったが、性格的にどことなく友達になりたくないような雰囲気はあった。そうか……そんなに優秀だったのか。
ん? だけどちょっとおかしくないか?
数が合わないぞ。
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