第110話 当たり前だけど外の世界は広かったんだな

 結局「疲れているだろうから」という理由で、その後は軽く話をしただけで解散となった。

 まあ疲れていたのは本当だ。早く入浴もしたい。

 それと大聖堂から盗ってきた例の時計だが、あれはあちらで研究する事になった。

 べつに俺が持っていたってどうしようもないし、コレクションする気もない。ましてや彼等に売りつけるつもりもなかったのだから当たり前か。


 そんな訳で俺達は普通に用意された家に帰り、ひたちさんに背中を流してもらって一緒に入浴し、セポナの作った料理を食べてから三人で寝た。


 ……いやなんだこのただれた生活は。

 もう迷宮ダンジョンの頃から当たり前だったが、何というか環境が許していたというか、俺のスキルを鎮めるためだとか色々と理由があった。

 だがそれはただの言い訳。もうこの生活が普通になってしまっていたのだ。

 ごめん、奈々なな。俺はただの浮気者だよ。

 左右から二人のぬくもりを感じながら、かつての――いや過去形にはしたくないが、今は傍にいない恋人の事を考えながら眠りについた。

 俺は本当に……罪深い。





 例の時計の研究に俺が入り込む隙間は無い。むしろ邪魔なだけだ。

 そこで改めて現在位置や周辺の状況など、俺を取り巻く状況を教えてもらえる範囲でひたちさんに聞いていた。

 結構はぐらかされるのではないかと思っていたが、今回は聞いたことは全部教えてくれた。

 やはり環境が安定しているため、ちょっとやそっとでは俺の状況が悪化しないと診たのだろう。

 特にその中で驚いたのが――、


「え、こことロンダピアザって200キロしか離れてないの?」


「はい。今回は迷宮ダンジョンがかなり複雑な形であったため、時間がかかりました。それでも敬一けいいち様のスキルのおかげでかなりショートカット出来たのですよ」


 上がったり下がったり、進んだり戻ったり、あの暗がりの中をぐるぐるぐるぐる……。

 何か月も移動したのに、地上ではたったの200キロメートルとはね。

 それでも直線距離で考えれば東京から新潟までの距離に近い。離れているといえば離れているわけだが――、


「召喚者に見つかったりはしないのか?」


「その可能性は無いと存じ上げます。理由は簡単で、得るものが無いからです」


「詳しく教えてくれ」


「では失礼して……」


 そう言って、ひたちさんは地図を広げながらいろいろと説明をしてくれた。


 ラーセットの首都であるロンダピアザは、微妙に地形に左右されるがほぼ円形。

 周囲を高さ5000メートルから6500メートルほどの壁に囲われた巨大都市。

 ちなみにロンダピアザの周囲数キロ以内には外で暮らす人々の町や村があるが、人口の殆どはロンダピアザに集中している。

 事実上、一つの都市が一つの国家となっているわけだ。

 そしてこの都市の地下には迷宮ダンジョンがあり、それは星の内臓と呼ばれるほどに深く果てしなく広がっている。


 地球の場合はどうだっただろう?

 確か直径は1万2千キロ……いや1万3千キロメートルの方が近かったか?

 そして人類が掘った最も深い鉱山はせいぜい6キロメートル。範囲も惑星規模で考えればとても小さな点でしかない。

 それでも最先端科学の粋を極めた結果だ。到底、この世界の地下には及びもしない。

 そしてそこから掘り出される鉱物や魔法の道具などが、この世界の主要産業だそうだ。

 あの翡翠色の建物の材料なども、迷宮産だという。


「あれ? 他の国ってどうなっているんだ? たしか100以上あるんだよな?」


「ここから北の方にマージサウル、南南西にイェルクリオという国があります。どちらもラーセットよりもずっと大きな国です」


「そこもやっぱり壁に囲まれているのか?」


「その通りです。ただ両国共に、首都以外の衛星都市を保有しています。その為人口も多く、どちらもラーセットの10倍以上です」


「だから戦争になったら大変だけど、うちは小国とはいえ強いのよ。それに何より両国と取引があるから、まあ緩衝材みたいなものかな」


 話に加わりながら、奇妙な味の果実茶をお盆に乗せてセポナがやってきた。

 この家で家事全般を全部やって貰っている。申し訳ないと思うが、本人の希望なのだから大人しく従おう。


「とりあえず、少し休憩しようか」

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