第109話 俺の怒りは今何処を向いているのだろう

「まず最初に尋ねなければいけないのですが」


 出された茶に一斉口を付けずに沈黙していると、遠隔操作の奇妙な機械が最初に口を開いた。

 いや、口を開くって表現はあっているのか? 口なんてどこにもねーぞ。


「貴方は今後どうしたいのですか? 身の振り方ではなく、彼らをどうしたいのかという事です」


 彼らというのは言うまでもない。体制側に対してだろう。でもそれはちょっと、予想外な質問だった。

 確かに言われてみれば恨みはある。いやもう何というか恨みしかない。


 掴みかけていた……いや、それは言いすぎか。掴もうとして頑張っていた目標を、転移という形であっさりと奪われ、殺されかけ、恋人は……あの状態だ。死んでも寝取られたなんて認めねえ。

 取り戻す。当然だ。その為に邪魔をするやつはすべて倒す。

 でも……奈々なな本人が邪魔をしたら? 俺の行動を否定したら?

 考えるだけで嫌になる。でも多分そうなる。それにそもそも、今の俺が奈々ななの前に立つ資格があるのか? これは正直難しい所だ。


 ではあの神官を殺したいのか? 意味ないだろ、そんなの。

 もう死刑になる事が決まったという。つまりは、この世界における彼女の価値なんてその程度でしかなかったと言う事だ。

 死んだら幾らでも変えの効く歯車。命令で動くだけの機械のようなものだ。俺が直接手を下したところで何かを成した気にでもなるのか? 有り得ない。


 大神殿をぶっ壊してやったが、あれで気が済んだかといえばノーだ。

 考えないようにしてきたが、外の大惨事は俺だって見た。

 崩れ去った建物、燃える街。そこら中に転がる人の死体、パーツ、泣き叫ぶ人々……正直いってしまえば、人のやるような事じゃない。


 召喚のシステムはぶっ壊したが、それは復讐心とかとはちょっと違う。

 これ以上の犠牲を出したくなかった。そして、帰るための手段を見つけ出すためにやったんだ。

 だけど前者は、木谷敬きたにけいという男と対峙して少しだけ揺らいでしまった。


 ではあの国……ラーセットだったな。あの国を破壊したいか? あの国の住人を皆殺しにでもしたいか?

 答えはどちらもノーだ。


 冷静に考えれば、具体的にどうこういわれると困ってしまうな。

 あえて言うのなら奈々ななと一緒に居た男……ごうとかいったか。あれは八つ裂きにしてやりたい。

 だけどそれも、悪かったのは本当に奴か?

 奈々ななが本当に苦しかった時、傍にいて支えたのがあいつだった。それだけの事だ。

 そう考えると、やっぱり召喚されたという最初の事実に戻る。だがこの対象は大きすぎ、無関係な人間もまた多すぎる。


 あえて一つ確実な事を言うのなら、瑞樹みずき先輩関係だ。あの問題だけは確実に解決しなければならない。

 だが何も見えていない。何一つ情報が無い。どうしようもない憤りがあっても、向かうべき矛先はふらふらと揺れて定まらない。

 なんとも情けない話だ。


「その様子を見る限りだと、心配は杞憂きゆうだったようですね。もし私たちを復讐心に駆られたテロリストだと思っていたのでしたら、ご期待には応え出来ない所でした」


「いや、何と言うか……頭の整理が付かないだけさ。それにそれは俺も同じだよ。もしテロに協力しろと言われたら、丁重に断った所だ。それより、最初に探究者と名乗ったな。そちらこそどうしたいんだ?」


 俺の質問に三人は沈黙していたが、最初に言葉を発したのは平八へいはちさんだった。

 ちょっと意外。何度か言葉は交わしているが、やはり普通の話が通じそうには見えないからな……。


「我はどうもせぬよ。生きるも死ぬも、自由にすべきである」


 内容は突き放すようであったが、そこの言葉からは何か慈しみの様なものを感じた。

 意外過ぎて自分でもよく分からない。


「かつての反乱の生き残りだと聞いていたのだがな。召喚されたことに文句があったんだろ? 仲間も大勢殺されたんだろ? それでも復讐はしないのか?」


 そう言って、あっと気づく。そう言えば、平八へいはちさんは最初から反乱には参加していなかったと聞いていた。今のは完全に失敗だった。

 そしてその質問は、当然左右の二人に向けられたものとしてとらえられたのだろう。

 次に口を開いたのは、筋肉と入れ墨が凄い大男だった。

 本人がいうには年下なんだけど、ちょっと納得するのは難しいぞ。


「もちろん、このような世界に召喚された事には納得できなかった。というより、今でも納得はしていないよ。それに友達も大勢殺され、僕も危ない処だった。だけど復讐をするかと言われたらしない」


「それはなぜだ?」


「あの反乱は意味のないものだった。召喚された事や、嘘に対する怒りはあった。だけど暴走してしまったのは僕らだ。今はそれがよく分かる」


「私たちの目的は個人への復讐や国家の転覆などではありません。ただ帰還への道を確立したいのです。そうすれば、これからは本当に本人の意思で選ぶ事が出来ます。この世界で彼らに協力するのか、それとも自分の世界へ帰るのかをです」


 果たしてこの世界に残る選択をする人間はいるのだろうか? そんな疑問が頭を過ったが……いたな、うん。

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