第97話 やはり相手の方が一枚上手か
周囲に現れたほぼ透明な十字架――いや、ダガーか!
何か不自然に動いたのは分かったが、これは完全に油断した。
短剣は奴の方向からだけではなく、それこそ四方八方から現れては連続して襲い来る。
――痛!
ふくらはぎを一本が掠める。革の鎧など無かったかのように切り裂くが、浅かったのは幸いだ。動くのに支障はない。
剣で防ぎ、ダメなのは避ける。これは全周囲から現れるが、
そして剣や地面に当たったダガーは、水滴の様に弾け消える。
こいつは水操作のスキルか。
まるで関係ない相手ではあるが、ただその一点だけで憎悪が膨れ上がり、正気を失いかける。
「
そんな暴走しかけた心に、ひたちさんの声が割り込んでくる。
危ない! 意識をしっかり保て、俺。
サングラスの男にひたちさんの鞭が飛ぶ。
縦、横、そして捻りを利かして前後から。鞭特有のしなやかで不規則な動き。
更に先端は音速さえ超える。多脚の時も思ったが、ひたちさんは相当な使い手だ。
だがそれでも当たらない。まるでダンスでも踊るかのように、最小限の動きで躱すとひたちさんを指さす。
同時に彼女の周囲に発生する水のダガー。材料は空気中の水分か?
危ない! と思った瞬間には、ひたちさんは水のダガーをかわしていた。鞭の腕前だけじゃない。戦闘全般に長けている。
セポナの方は、もう家の中に逃げ込んでいるので狙われてはいない。今は目の前のこいつに集中できそうだ。
「もう一度聞く。なぜ二人を見殺しにした!」
普通に考えればこちらは2対3の立場だった。確かに弱かったが、数は力だ。なのにこいつはわざわざ自分を1対2という劣勢に追い込んだ。理由が分からない。
「見殺し?」
サングラスをクイッと上げながら興味なさそうにこちらを向く。
そんなにずれるなら滑り止めでも塗っておけよ。
「自らの身を守れぬ者など、どう足掻いたところでこの世界では生き残れはしない。必要な事は全て教えたが、それを生かせるかは当人次第だ。彼らは敗者なのだよ。ただそれだけだ」
その言葉で俺は確信した。
「あんた、この世界での死が本当の死だと、最初から知っていたな?」
「当然だ。私はそこにいるひたちよりも古くから居るからな」
「ひたちさんを知っているのか?」
「体の隅々までな。当然、弱い所も熟知している。どんな喘ぎ声を上げるか聞きたいかね?」
「悪いが十分知っているよ!」
周囲に現れたダガーを切り払いながら突進する――が、左右に上、あるいは下からと来る攻撃が激しくて中々近づけない。こういう時、本当に飛び道具を持っている相手との戦いは面倒だ。
当然の様に、ひたちさんへの攻撃も継続している。
だが彼女は慎重で、俺よりも防御よりか。まあ俺が猪なだけだろうが。
周囲に現れる水のダガーを鞭で破壊しつつ、避けきれないものはボンテージであえて受ける。
どうやらあれは貫けない様だ。俺もあっちの鎧が欲しい。着ろと言われても困るが。
ただやはり実力差があるのか、僅かずつながら後退を余儀なくされている。もう互いに支援できないほど離されてしまった。
だがそろそろ法則も分かってきた。
奴が同時に出せるダガーは21本。大気中の水分の都合か、それとも奴の能力の限界なのかは分からない。
それに一度壊れると、再構築には時間が掛かるようだ。
なら多少の怪我は覚悟してでも突っ込んだ方が早いか。
俺も短剣を構えなおすと、全力で奴へと突撃した。
ひたちさんもこちらの意図に気が付いたのだろう。
多少強引に突撃する。
2カ所からの攻撃をどう避けるのか……避けられないなら俺達の勝ちだが、スキル持ちがどんな戦いをするのかまだ分からない。
正面から行くと見せかけつつ慎重に――、
そう思った俺の背中に、熱した鉄を押し込んだような熱さを感じる。
数を見落としたつもりはない。だがこれは何だ。
倒れそうになった俺の視界に、新たな真っ赤なダガーが飛来する様子が見えた。
これは――あの二人の血か!?
まさかこの為に見殺しにしたのか! この奇襲の為に!
マズい――痛みを外し、入り込んだ他人の血液も外す。同時に、襲い来る血のダガーは剣ではじけ飛ばす。
それでも最初の奇襲で10本以上は突き刺さった。事前に肉体を外していなかった分、生身でもろに食らってしまった。致命傷でなかったのはたまたまだ。奇跡と言って良い。最悪今ので死んでいた。
「随分とやってくれるな……」
言葉と同時に、自分の口から血が流れるのを感じた。やはりスキル持ちは油断ならない。数も予定より多かった。
液体の種類ごとに制御出来る数に違いがあるのか、そもそも21本がブラフだったのか……。
だが何か変だ。見落としがある気がする……このままでは、多分勝てない。
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