第94話 追われるものだって事は十分理解しているさ

 事が終わった後、ひたちさんは町の人間との交渉に行った。

 基本は物々交換だが、羽振りの良いものは歓迎され、ケチな者は疎まれる。

 そういった意味で、制限有りとはいえ道具や宝石なんかを送り届けるスキル持ちが仲間にいるのは実に心強い。もし会えたら、必ずお礼を言わねばなるまい。

 とは言っても、貰ってばかりなのは少々居心地が悪い。俺もちょっとは金目の物を探すべきだとは思うのだが――、


「この時計の価値が分かりますか? これを手に入れたというだけで、もう一切そのような事は気にしないで良いのです。それよりも、そんな寄り道をする時間はありません。一刻も早く、拠点に向かいましょう」


 という感じでたしなめられた。これで研究したら“ただの飾りでした”となったらどうしよう。少し胃が痛くなる。

 ただあの痴女神官の必死さを考えると、意味がある物なのだろう。


「うーん……」


 隣で寝ているセポナのお腹には、再び奴隷印が押されていた。もちろん契約者は俺。

 セポナの拾ったバッグの中身は、あのビルで使われた奴隷セットだった。数奇な運命と言えば聞こえが良いのかもしれないが、確かにあそこで拾える物なんてそんなものだろう。


 あ、言うまでもないが、奴隷の件は俺が迫ったわけはない。セポナの希望だ。命を懸けて自分を守れと言う事だな。十分に理解しております。

 その代わり、こうして色々と協力してもらっている。

 あ、それと淫紋のハンコは勘弁してもらった。やっぱりプライドが許さない。


「只今戻りました」


 なんて怠けていると、ひたちさんが早くも戻って来た。

 というより早すぎるし、声に緊張感を多分に含んでいる。

 すぐに頭のスイッチが入る。我ながら慣れたものだと思う。


「何があったんだ?」


「既に敬一けいいち様は指名手配されておられます。それと悪い状況ですが、この町に3人の召喚者がいます。全員体制側の人間です」


「平和も短かったな」


 急いで服を着て、剣を腰に差す。以前と同じ奴をまた送ってもらったんだ。

 見た目はちょっと――いや、酷くアレだが確かに使いやすかったからな。

 まあ二代目ダークネスさんの剣とでも呼べばいいだろう。


「すぐに動いて大丈夫なんですか? 逆に怪しまれません?」


 俺たち二人が即臨戦態勢に入った事で目が覚めたのだろう。こちらの様子を見てセポナは気にするが――、


「確かに偽名は使っていますが、じきに挨拶という名目で確認に来ます。その時点で確実にばれてしまうでしょう」


「なんで?」


「忘れたのか? 俺がスキルを切れないからだよ」


 どんなに静めても、俺のスキルは使いっぱなし。制御アイテムが手に入らなかったのは痛いが、今更嘆いて何になる。


「この町の人間も相手にするのか?」


「この町は100人程度の数しかいません。運営していくリスクを考えれば、どれほどお金を積まれても召喚者同士の戦いには介入しないでしょう」


「なら話は早いな。どうせその召喚者たちは、現地人の兵士たちなんかは連れていないんだろう」


 ひたちさんは相当驚いた様子で――、


「どうしてそれを?」


 と聞いてきたが、さほど難しい話じゃない。これは準備を整えた討伐戦だって事はあり得ないからだ。

 こんな奥深くに来ること自体が相当な手間。しかも水も食料も現地調達。大軍の移動は不可能だろう。やれたとしても、時間もリスクもかかりすぎる。そんな大軍に、今の段階で追いつかれる可能性はない。

 となれば、少数精鋭で高速移動が出来る追手か、最初から迷宮ダンジョンに潜っていた連中だ。


「戦いは避けられないにしろ、先ずは話し合いたい」


「こちらから先手を取って襲撃するという手段もありますが……」


 思ったよりもひたちさんは過激だなー。


「体制側の人間とさっき言っただろう」


「ええ。確かに」


「そして俺達を探しているという事は状況も理解している。俺なら興味があるね。なぜそんな事をしたのか。これはむしろチャンスだ」


 そう、俺達は意志を持ち自分で考える人間だ。

 そして今は、本当の死の恐怖と向かい合っている。いきなり殺し合いは無い。

 どちらかといえば、不和の火種を放り込む機会。場合によっては、こちらの仲間に引き入れる事だって可能だろう。

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