第90話 やってしまった―

 どさっという音と共に、まるでズタ袋の様に俺達は瓦礫の上に落ちた。

 瓦礫と言っても、砂に近いほど粉々に砕いてある。俺はそもそも大丈夫だし、二人にも怪我はなさそうだ。


「二人とも大丈夫か?」


「こちらは問題ありません」


「ちょっと問題大ありですよ」


 さすがに召喚者と違って、セポナは普通の現地人だ。俺が支えていたとはいえ、かなりきつかったんだな。


「おぶろう。その状態じゃ歩けないだろう?」


 当然スパイク突きの靴もないし、それを送ってもらうような時間的な余裕もない。

 俺はセポナを担ぐと、さっさと迷宮を歩き出した。

 途中の道は、通過後に所々の天井を崩しておく。まあ少しは足止めになるだろう。

 ただあからさまな工作は果たしてプラスに働くのかどうか……。

 そんな俺の考えを察したのか、


「大型モンスターが壁などを破壊する事はよくある事です」


 そうひたちさんが補足してくれた。

 今は気休めでもありがたい。


 こうして通っては天井を崩し、たまに床を崩して地下へ行き、また歩く。

 ほぼ丸一日歩いたところで、ようやく落ち着いて休めそうな場所に着いた。

 盆地状の半円の小さなくぼみ。ここなら寝ている内に誰かが滑っていなくなっている事もないだろう。

 それに入り口も来た一か所だけ。これで休める。

 そう考えた時、俺達は……というより、俺の心はぷつんと限界を迎えた。


「う……うぐ……うあ……わああああああああああああああ!」


 ただ叫んだ。他にどうしようもなかったから。

 何も考えられない。思考どころじゃない。当時の俺を一言でいえば、人外であったろう。

 色々な事がありすぎた。スキルも使いすぎた。ただの高校生の許容範囲なんてとっくにオーバーだ。

 あのまま消えていたって、おかしくはなかったんだ。





 翌日――といえば良いのだろうか。

 俺は目覚めた。この世界で、何事もなかったかのように。


「一体――」


 どのくらい休んでいたのか?

 何かあったのか?

 俺はどうしてしまったのか?

 あれからどうなったのかを尋ねようとした瞬間、俺は状況を察してしまった。


「おはようございます。コーヒーを淹れますね。フフ、正確には違うのですが、とても似た感じになるように調合したものがあるんです。こんな時の為の、とっておきですよ」


 優しくそう微笑んだのは、一糸纏わぬひたちさんであった。

 口はパクパク動くが、声が出なかった。

 何をしたかは覚えていないが、体は全部覚えていたからだ。彼女の柔らかさも、ぬくもりも、何もかも。


 ――やってしまったー!


「痛くて動けないです」


 横から聞こえたその声に、血の気が引く。

 恐る恐るそちらを見ると、ハイ、当然いますね、セポナさんが。

 こちらもバッチリと覚えています。ええ、100パーセント、パーフェクトにです。


「ええと、その……も、申し訳ございませんでしたー!」


「いいえ、お気になさらないでください。元々こういった関係になるように誘導していたのはわたくしでございますし」


「わたしはそんな誘惑をした覚えないです」


「本当に申し訳ありません!」


 ただひたすらに平伏するしかない。ごまかしようが無い。時も戻せない。もうやってしまったのだ。


「言・い・訳・は・無・用・で・す」


 一言ごとに何か硬いもので頭を殴られる。

 なんだ? と思って見ると、それは淫紋のハンコであった。


「な、何でそんなものがここにあるんだよ」


「拾った袋に一式入っていたんですよ。あの時の連中が持っていた奴です。目的が目的だけに使われはしませんでしたが。それよりも――」


 またセポナの目つきが厳しくなる。


「ま・た・こ・れ・を・出・し・た・時・は・ど・う・い・う・事・か・は・説・明・し・ま・し・た・よ・ね」


 ゴチンゴチンと頭を叩き続けるセポナ。それ金属製だから結構痛いです。

 というかそんなにダメだったか俺。心の傷に塩が! 塩が!

 いや、それでもセポナの気持ちに比べれば、これは許容すべき罰!


 というより叩かれながらに今更だけど気が付いた。感覚がはっきりしている。こちらの世界に自分がいるという実感がある。消えなかった……戻って来たんだ!

 どうして? 言うまでもない。2人が引き戻してくれたんだ。


「聞・い・て・い・る・の・で・す・か」


 ゴチン、ゴチン、ゴチン、ゴチン……。


「は、はい……」


「まあまあ、セポナ様。人間だれしも、初めてが上手くいくと言う事はありません。最初の内は、どんな人でも未熟なのです。ここは大人の心で見守って頂けないでしょうか」


 ああ、つまりひたちさんもそんな感じだったのね。

 心の傷に、もうこれ以上ない程に思いっきり塩を刷り込まれた感じがした。

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