第89話 会いたいという心を今は抑えるしかない
「
あの声は
胸が締め付けられる思いがする。一体、どんな気持ちで俺を追っているのだろう。
今すぐに彼女の元へ行きたい。そして沢山の事を話したい。
だけどそれはダメだ。どう考えてもそんな余裕はない。
声が遠ざかっていく。もう
悔しい。痛い程に切ない。だけど今はこれしかないんだ。
先輩だけじゃない。
どうしてこんな事になってしまったんだ! だけど答えは見つからない。
代わりに湧き上がる気持ち――多分これは狂気だ。いっそここで引き返して大暴れでもしてやろうか。
だけど死ぬわけにはいかない。
俺と一緒に帰るはずだった3人はもちろんだが、俺が殺してしまった2人だって、死ぬと分かっていればあんな事にはならなかったはずだ。それに俺の知らない二人も、こんな世界で死ぬために生きてきたわけじゃない。
あいつらの仇を取るまで。そして真実を暴くまでは止まっちゃダメだ。
だけど今は無理だ。逃げるしかない。
「見つか……い。もう……なに遠くへ?」
「ハズレ……め。逃げ足だ……早いな!」
段々と声が遠くなってくる。
どうやら
まあ……俺はもう色々と違うしな。
感覚も鈍い。ここに居るのに世界が遠く感じる。世界から外されたように……違うか、俺自身の意志でこの世界から外れてしまったんだ。
スキル頼りにがむしゃらに突き進むと、ようやくその先にひたちさんとセポナを発見した。
涙をぬぐい、心を切り替える。
「無事で何よりだ」
「あんな無茶をするとは思いませんでした。わたくしたちが生き埋めになるとは――」
「ああ、それは計算済みだ。小石くらいは落ちるが、その前に落ちた天井があの穴を塞ぐ」
「やっぱり、建物自体を崩壊させたのですね。すると地上は……」
「大混乱だよ。それに大勢死んだ……俺が殺したんだ」
沈黙が場を支配する。もうちょっと言葉を選べばとも思うが今更仕方がない。
ひたちさんはひたちさんで二の句が継げずに困っているし……参った。
「準備は出来ていますよ。でもその様子だと失敗しました?」
そんな重苦しい空気を振り払うかのように、セポナの澄んだ小鳥のような声が俺達の意識を現実に引き戻す。
同時に過剰に発動していたスキルが沈静化していく様子を実感する。これが刷り込みってやつか。
セポナはもう既に服を着て、何処で拾ったのかバッグも背負っている。中に色々入っているようだけど、まあどうでも良いか。
「失敗も多かったけど、成功も大きかったよ。この時計なんて特にそうだな。虎穴に入らずんば虎子を得ず。まさにそういった品だ」
「そうですか……」
どことなく納得していない感じだが、まあ分かる。俺の目的は熱く語っていた訳だしな。
そしてそれは、何一つ果たされちゃいない。
「召喚者が先陣をきっていますが、現地人の兵士も多いですね」
「まあ、状況的に仕方が無い」
少しは引き離したとはいえ、この辺りはまだ表層。
のんびりしていたら、兵士も召喚者も続々と集結するのは確実だ。
「予想通りだよ。それにしても、現地の連中は随分とやる気だな。普段はあんなに元気に迷宮になんて入らないと聞いているが」
「召喚者が先導していますからね。それに――」
視線は自然と俺の腰に行く。そこには当然、あの時計があるわけで……。
「ああ、言わんとしている事は分かっているよ。だけどまあ、仕方ないだろう」
別に責めているような口調ではないが、ついつい言い訳をしてしまう。
まあ今更返しますから追って来ないでねと言っても通じはしないだろうし、これはひたちさんたちにとっても重要な品のはずだ。
案外、ダークネスさんたちが俺を素直に地上に行かせたのは、こういった収穫を期待していたのかもしれない。
……いや、それは考えすぎか?
だけどひたちさんと冷静に会話する事で、更に落ち着いてきた感じがする。
「失礼しました。それで、迎撃いたしますか?」
「いや、逃げる。今は戦えるような気分じゃないんだ」
まだ
いや、自覚があるだけマシか。これも二人のおかげだろうな。
「それで良いの? 会えたの?」
改めてセポナが聞いてくる。単なる興味ではない。くりくりと丸いオレンジの瞳は真剣そのもので、本当に心から気遣ってくれていることが感じられる。
だからこそ、今はこれ以上二人を危険な目には会わせられない。
「ああ、だから今はこれでいい。次の機会は必ずあるさ」
そう言いながら、足元に大きな穴を開ける。
ずっと下まで続く深い縦穴。通常の人間――いや、召喚者でも、特殊なスキルが無ければ追っては来られないだろう。
「じゃあな、地上。俺は必ず戻って来るさ」
二人の女性を抱えると、それは迷わずその穴に飛び込んだ。
落ちて行く最中、まるで走馬灯のように地上での出来事が頭を廻っていた。
状況を考えると気が重い。だけど必ず次の機会はある。絶対に救ってみせる。頼むから、それまで何があっても死なないでくれよ。
何処までも落ちていくような感覚を味わいながら、俺は次の手を考えていた。
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