第88話 当然追ってくるよな

 向かうべき方向は、俺の心が知っている。

 なんてカッコいい事を考えてみたが、実際にはスキルによる恩恵だ。

 俺にはひたちさんのいる方向や、どう進んだら良いかが分かる。

 多少遠回りをしている感じもするが、無意識のうちに敵や塞がってしまった道を避けているのだろう。相当に派手にやってしまったからな。


 あの日戦った琢磨たくまという人は、この世界の人間も生きている人なんだぞと言っていた。

 それはその通りなのだろう。そして、俺がやったことは自衛の域を確実に越えている。多くの無辜むこの民間人が犠牲になってしまった。

 もちろん、やらなければ素直に通してくれたかといえばそうではない。だけどこれを肯定してしまったら、俺はもうテロリストと同じになってしまう。


「※□〇■◇ 〇※▲!」

「○○◇ ※※ ■▽■」


 迷宮ダンジョン全体に、奴らの言葉が響いている。

 この迷宮ダンジョンはミミズの掘った穴の様に曲がりくねっているが、その中にはウサギくらいしか通れないような無数の穴が空いている。それが船の伝声管でんせいかんの様にあちこちの音を繋げているという訳だ。

 これはある意味有難い。こんな状態では、彼らも状況を把握するなど不可能だろう。


 本来ならこんな浅い部分の地図くらいは作ってあるだろうけど、俺が穴を開けたり埋めたりしたのであまり役には立たないだろう。

 色々やってしまったが、上手い方向に転んでくれているのはありがたい。


 合流場所はちょっと遠かったが、この滑る地形のせいで案外早く移動できた。


「☆■◎□※ 〇△※!」


 ああ、丁度良かった。今ちょっと機嫌が悪かったんだ。

 途中で出会った兵士達。俺達よりもバランス感覚は低いのだろう。まあ普通の人間だしな。

 滑って狭い迷宮内でろくに動けてもいない。


『おいおい、分かっているのか? お前にとってはゲームかもしれないが、彼らはこの世界に生きる人間だぞ。地上には家族だっているのだがな』


 昔聞いた言葉を思い出す。昔と言っても、ついさっきのように鮮明に覚えているが。

 だがそれがどうした。むしろその言葉を思い出した甘ちゃんぶりに反吐が出る。

 武器を構える間も与えず、素手で兵士の首を圧し折り、叫ぶ間もなくもう一人の心臓を手刀で貫く。


「ただの人間などこんなものか」


 何かを外したわけではない。ただ成長しているのだ。いや、これを成長と言って良いものかは謎ではあるが……。

 勇者の言った、『お前らは化け物だ』と言う言葉もあながち間違いではないのかもしれない。正直、自分でも驚いてしまう。

 これでは肉体強化系はどこまで強くなってしまうのやら。


「……○△△● ※ ◇※◇」


 腰が抜け、全く届きもしない剣をぶんぶんと振っている。

 恐ろしいのだろう。自分たちに無い力を持つ怪物の姿が。だがそれを便利な使い捨ての道具として呼び出したのはお前達だろう。

 死ねば補充し、騙し、また死ぬまで働かせる。その結果、奈々ななは、瑞樹みずき先輩は、どんな想いをしたのか。


 倒した兵士の剣を拾い振り下ろす。

 ――いや、振り下ろそうとした。だけど。


『彼らはこの世界に生きる人間だぞ。地上には家族だっているのだがな』


 しつこいな。そんな事は分かっているんだ。分かっているんだよ!

 もう面倒くさい。俺は床を崩し、その場を後にした。





 崩した床の先を滑り落ちる。

 下にも大量の兵士がいたらどうしようかと思ったけど、どうもこの辺りは斜面がきつい。

 早々入り込む事は出来ない様だ。

 だけどいい事だけじゃない。微かにだが、日本語のような言葉が聞こえてくる。

 まだ聞き取れないが、やはり入り込んでいるとみて間違いないか。

 というより、地上にいる召喚者は全員来ているんじゃないか? まあ、多分奈々ななは来ていないだろうけど。


「〇△〇※! 〇△〇※!」

「追え! 追いかけて必ず殺せ!」

「◆※●〇□ △※〇!」

「ハズレ野郎! あんな最低な奴だったとはな!」


 次第に声もはっきりと聞こえてくる。

 ただ近いかと言われるとそれは分からない。張り巡らされた伝声管の様な迷宮のせいで、何処の声かは全く判断が付かない。


「とにかく秘宝だ! あれを取り戻さないと」

「こんな所で本当に死ぬのは嫌よ!」


 ああ、まだ信じているんだな。死んだら元の世界に帰るだけ。

 更に高価な品を手に入れて帰れば、特別な力を得て成功が約束される。

 全部嘘っぱちだ。

 お前らは、さっきまで話していた奴が芋虫どもに食い荒らされた姿を見たか? その音を聞いたか?

 現実はお前らの考えるような夢物語じゃないんだ。


 そんな事を考えていると、耳元の聞き慣れた――ほんのついさっきのような感覚のはずなのに、なつかしさで涙さえ出そうになる声が聞こえてきた。

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