第91話 地上の動きなんて俺は知らなかった
まだ
あの日は大変動が発生した後という事もあり、街には多くの召喚者が久々の地上を満喫していた。
大変動が近くなれば可能な限り地上に戻り、大変動後は浅い階層の探索が主になるからだ。
ところが、そこで起こった大事件は彼らの状況を一変させてしまった。
これは、特に召喚間もない未熟な者達にとって
今までは、自分達はよそ者であり、また彼らにないスキルと身体能力を持っている。だから互いに壁があっても仕方がないという認識であった。
ところがあの日以来、自分達は首都最大にして国家の象徴である大聖堂を崩壊させ、大量殺戮を行った凶悪犯と同類になってしまったのだ。
しかも帰還の為のアイテムまで奪われてしまった。
このままでは、この世界で死ぬ事は本当の死となってしまう。そんな恐怖は、当然ながら当事者へと向けられる。
何としてでも
それは、もはや召喚者の総意といっても過言ではなかっただろう。
そんな中、郊外にあるとある召喚者の宿舎には一組の男女がいた。
一人は黒髪の美人だが、どこか疲れきった様に見える。病的だと表現した方が良いかもしれない。
厚手のパジャマを着て、ベッドの上で上半身だけを起こしている。
もう一人はグレーのレザーアーマーを着た男だ。女性の手を握り、優しそうな――あるいみ憐れむような視線を投げかけていた。
女性は
「あの時、
「ええ……でも私が
「落ち着け! 頼むから……落ち着いてくれ……」
力強く、白い手を握る。
「い、痛い、痛い!」
「あ、す、すまない」
沈黙が場を支配する。重苦しい空気が立ち込める。
そんな空気を換えようと言葉を発したのは
「なら、あいつは偽物だったんだろう。本物の
そう言って部屋を出た。かつてあれほどに憧れ、恋焦がれた相手――違う、かつてではない。それは今も何一つ変わってはいない。
彼女の為に、
――
だが考えたって意味はない。もう引き返す道は無いのだ。
部屋を出た後、背後で声がする。
決して聞き耳を立てていたわけでは無い。身体強化のスキルによって鍛えられた体は、たとえ発動していなくても常人のそれを遥かに凌駕してしまっていたから。
「どうして……どうして最初に私のところに来てくれなかったの。こんな体だから?
背後から聞こえる嗚咽と泣き声を聞きながら、
その夜、最高司教にして現代人召喚の責任者、ヨルエナ・スー・アディンの処刑が決まった。
捕えた兵士達に悪態と罵倒の限りを尽くし、現在は刑務所へと送られている。
召喚の責任者であったという立場から、処刑の場は通例に則って召喚者が帰還するための穴を使用する……のだが、現在は
処刑は当分先になるだろうというのが世間の噂だった。
同時に、
これは召喚者だけの話ではない。
自分達の首都を破壊され多くの死傷者を出した現地人の怒りもまた凄まじく、今やラーセットに住む全ての人間が、
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