第74話 餌だってことくらい理解しているさ

 何処かの屋上の事など露知らず、俺はひたちさんと一緒に全速で走っていた。

 走る事に関しては平均より上だと自負しているが、平然とついてくるひたちさんはさすがだ。

 ではあるが――、


「さすがですね。目的の方向はこの通りで間違いありません」


 逆に俺が感心されていた。

 まあ俺の場合は違う道を意識から外しているだけだ。途中で検問や他の召喚者に出会わないのも、面倒事を外している効果だろうか。

 意識して使っているわけではないので真実など分かりはしないが、とにかくありがたい。


「あそこが大神殿です」


 大体そんな予想はしていたが、見た目は他の建物と何も変わらない翡翠色の超高層建築だった。

 入口に看板なども無く、見ただけでは他の建物との区別はつかない。

 ただ一つ、あの時に見たローブの連中が槍を持って二人立っている。普通に考えれば門番だろう。


 さてどうやって入るか?

 まあ考えるまでも無いな。それよりもだ――俺は見張りの居ない壁に移動すると、ここまで考えてきた疑問を投げかけてみた。


「セポナはなぜここに連行された?」


「前例がない事ですので勝手な推測になりますが……」


「構わない」


成瀬なるせ様を誘い出す為かと」


 ああ、だよね。だが見捨てる事は考えなかったのだろうか?

 いや、違う。これはプランの一つだ。確証などは無いし、むしろ確率は低いと考えているはずだ。

 どちらかといえば、本命は当然ながら奈々なな瑞樹みずき先輩だからな。

 これで良かれとその日のうちに帰ったのに、結局とんでもない迷惑をかけてしまったものだ。


「ひたちさんの仲間には、この件に関してどこまで協力をしてもらえるんだ?」


「全面的に……と言いたいのですが、可能な限りという程度です」


「上等だ。それで十分」


 さて、これでもうおしゃべりの時間は終わりだ。

 壁に触れ、考える。ただそれだけで、外壁の一部は崩壊した。迷宮ダンジョンの時と同じ。物質の結合を外したんだ。

 未知の物質だったが、問題無く出来て良かったよ。


 中はごく普通の小部屋。単なる物置といっていい。金属製の網棚に積まれた大量の石板が見られるが、何に使うかはどうでも良いか。

 幸い人は誰もいない。いや、いないから自然とこの場所が選ばれたのだろうけどね。


「ひたちさんはここで待機していてくれ。だけど危険を感じたらさっさと逃げるようにな」


「ですが――」


「俺は問題ない。優先順位をたがえたりはしないさ。例えセポナを助けられなくても、俺は死なない」


 そう、本命は間違えない。ここに来たのは、あくまで義理と自身の愚かさへの清算だ。





 こうして、ひたちさんを置いて扉から出た。

 外には誰もいない。それはもう分かっている。今はスキルが完全に発動している。毒とかの外部から力を借りるのではなく、俺自身の感情によって。

 だから外には誰もいなくて当然だ。その可能性はもう外れて存在しないのだから。


 だけど油断は禁物。気を引き締めたままでいなければいけない。

 自然と腰の剣に手が伸びる。

 やりたいわけでは無い。だけど、場合によってはお世話になる事は確定だ。

 何せ俺のスキルは召喚者には効かないか、効果が薄いようだったしな。


 あの焼き鳥を奢ってくれた男は来るのだろうか?

 もちろん、あの程度の恩で手心を加える気も無いし、多分その余裕もない。

 だけど今は、何となく戦いたくはない気がする。

 やはり友好的に接した相手とは戦いたくない……というよりも、俺は高校生なんだけどな。

 そう考えて苦笑する。何処の世界に百人も斬り殺した高校生などがいるものか。


 それより折角だ。あの痴女神官にはきっちりと挨拶をさせてもらおう。

 ついでにスキルをコントロールするアイテムとやらも貰わないといけないしな。


 見たことの無い建物。知らない道。だけど今の俺には、何処をどうやって行けばいいのか、まるで光が指し示すかのようにはっきりと見えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る