第55話 こんな簡単な事に気が付かなかったとはね
ひたちさんたちは、可能性の一つとして帰れないという状況も有り得ると感じていた。
でもそれはあくまで憶測レベルの話にすぎない。しかも根拠は無いに等しく、誰も真剣に考えようとはしなかった。しかし――、
「ですが、疑うべき根拠もございませんでした。そう、あの日までは」
「あの日?」
「つかぬ事をお尋ね致しますが、
――いつだ?
確かゴールデンウイークが終わり、憂鬱な6月が迫って来た事は覚えている。
そうそう、確か
確か、それは5月最後の日曜日。約束したのが金曜日だから……。
「5月28日の夜に寝た後だな」
「わたくしはこの世界に来て2年になります。
「それが?」
「ですが全員、召喚された日は5月28日だと記憶しています。曜日も金曜日でございましょう? 当時の社会情勢や流行などからも、全員同じ年だと確認が取れています」
「いやちょっと待ってくれ――」
整理する必要がある。どういうことだ? そして何を意味する?
ここに来た日は大きくずれているのに、全員が同じ日から召喚された。
それはきっと、そういった召喚術なのだろう。
最初に召喚されたのは誰だ? いや、そんな事はどうでも良い。
その後、意思疎通を図り、互いの言葉を学び、スキルと言う存在を知った。
こうして召喚のシステムが確立したのだろう。しかし俺達の世界の時間は動いていない。時は止まっている事になる。
何か大きな見落としをしている……。
そうだ、有名人だ!
政財界からスポーツマン、科学者など。この世界で成果を収め、力を得て現代に帰り成功した人々。
本当にそうか? 有り得ない。不可能だ。
ならなぜ知っていたんだ? 答えは簡単だ。単純すぎて震えてくる。
言葉を誰から習った? 当然、以前の召喚者だ。
言葉だけか? そんな事はあり得ない。俺達の世界、社会、宗教、経済……全て話したはずだ。
後は有名人の名前を使うだけ。彼らはスキルの力によって成功したと。
突然放り出された見知らぬ世界。だが美しい部屋。美しい女性。俺達の世界で言う神官のような神聖さを出しつつも、男女ともに注目してしまう露出の大きな服。
そして交わされる俺達の言葉。巧みに差し出された成功者と言う餌。
演出され、与えられた不安と安心感。そして大きな希望。俺達は誰も、疑いすらしなかった。
そう、誰も5月29日から先を知らないんだ。
大量死? それとも大量行方不明? もし帰れないのなら、翌日の世界はどうなっているんだ?
俺がそういった事件を知らないのは当然だった。まだ起きてなどいないのだ。
だが考えてみよう……多分最初の頃の召喚者は、俺達の様な嘘の説明は受けていない。
相当な混乱の中、様々な紆余曲折の上に今の体制を作ったのだろう。
当然、全てを知っている。
「召喚された時の説明の変化はどの位の時期だったのか分かる人間は?」
「それは残念ながら不明でございます。
「だけど当然、それに気が付いた奴はいるよな?」
俺が特別賢いわけじゃない。召喚日を聞けば、ちょっとでも疑いを持っている奴ならすぐに気が付く。
そいつらはどうなったんだ?
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