第54話 なぜ脱ぐ

「再び探知できたのは更に数週間後。成瀬なるせ様が召喚されてから、およそ2か月半が経過してからになります。その後は様々な手段を駆使して合流を試みましたが、ことごとく失敗してしまいました」


 おそらく、俺が人間に会う事を躊躇ためらっていた時期だな。

 あの時はスキルが全開で発動していた時だった。多分だが、人に出会うという可能性を無意識に外していたのかもしれない。

 そう考えると、迷った様に感じたのも意味があったのか。端から見たら、まるでコントのような状態だったに違いない。


 だけど上に行くと決めていた俺は、あのセーフゾーンで2人の召喚者と兵士の群れに出会ってしまった。

 多分、あそこ以外に出口へと行ける道が無かったんだ。

 俺のスキルは、やはり完璧には程遠いな


 しかし気絶していた期間が長かったとはいえ、時間の感覚が酷すぎだろ。

 2か月以上か。随分長い時間が経っていたんだな。

 そんな事を話しながら戻って来ると、セポナはとっくに戻っていた。更にはさっさと食事を済ませて眠りこけているというね。

 このたくましさは見習いたいものだ。


 目の前には焚火……というか火が燃えている。火元は500円玉ぐらいの小さな謎の物体だ。

 固形燃料か? こんなものがあるんだな。

 考えてみれば、今まで火なんて必要なかったからな。しかし――、


「こいつは見事にマイペースだな」


「ふふ、わたくしたちも少し休みましょう」


 そういうと、ひたちさんはベルトを外し、手袋を外し、ニーハイブーツを脱ぎ、ジッパーを下ろしてボンテージを脱ぎってちょっと待て!


「いや待て、なぜ脱ぐ!」


「ここに来るまでに相当汗をかきましたし、ここには冷たいですが水も綺麗で豊富です。少し体を洗おうと思いまして」


「な、なるほど」


 一瞬だけ見えた白い肢体はあまりにも美しく、俺はとてもじゃないが直視できなかった。

 つか無防備すぎるだろう。


 ちゃぷっと水に入る音がする。

 何度も聞いた音のはずなのに、音源を考えると無性にドキドキしてしまう。

 静まれ俺の本能!


「我慢できないようでしたら、致しますか?」


「い、致し、し、しますって、な、何をですか?」


「なんでも――お望みの事を全て」


 声に含まれた艶が、まるでエコーのように頭に響く。

 まるで魅了の術にでもかけられたかのようだ。いや、違うのは分かっているんだけどね。これは俺の言い訳だ。


成瀬なるせ様には、大きな御恩が出来ました。どんなご要望でも、どんなプレイでも、ご希望に沿う事をお約束いたします」


「恩とかは無しにしてくれよ」


 自分はそんな大した事はしていない。そんな自嘲が油断となり、ついついひたちさんの方を向いてしまった。わざとじゃないよ。本当だよ。


 彼女は微笑みながら、だけど真剣な青い瞳で俺を見つめていた。まるで初めて出会った時のように。

 それ以外の事は、特に何もしていない。ただ水に浸かっているだけだ。

 だが水面に白い巨球が2つ浮かんでいる。そう言えば浮くって聞いたことがあるな。じゃない!


 慌てて後ろを向くが、記憶にはバッチリ焼き付いてしまった。これでも健全な青少年。もう刺激が強すぎて耐えきれない。

 だけど耐える! 俺は奈々なな一筋なのだ!


 ではあるのだが、黙っていると『ちゃぷちゃぷ』という水の音だけで体が暴発してしまう。

 何か話さないとだが……。


「そういえばさっきのボタンだけど――」


 言ってからしまったと気付く。

 余りにもデリケートな話に足を踏み込んだ事は、反応を確認するまでもなく分かる事だ。

 だけどひたちさんは、淡々と話してくれた。


「先ほどのボタンは、わたくし達と共に迷宮に挑み、消えてしまった方々の持ち物でした」


「一緒には消えなかったのか?」


「消えるのはその時に身に付けていた物だけと決まっているようです。それに殆どの方は、最初に現地の装備に変えますので」


「そういや鎧とかに着替えるんだったな」


「ええ。そして着てきた服は、大切に仕舞っておくのです。自分の意志で帰るいつかの為に……儀式の様なものですね」


 少し儚げに、ひたちさんが笑う。

 凄く綺麗なんだろうなーとは思うが、見るわけにはいかない。


「彼らは光に包まれながら、『仕方が無かった』、『みんなは頑張れよ』、『あたしは忘れないから』と言って、笑いながら去っていきました」


 そう言えばあの二人も痛みを感じている素振りは無かった。

 多分本当に無いのだろう。


「ですが、宿舎の服は残されていました。そこで、皆で残っていたボタンやワッペンなどを形見分けしたのです」


「つまり、その時にはもう予想していたのか。帰れはしないと言う事を」


「ふふ、そんなに単純ではありません。ただ、似た考えは多かれ少なかれ、誰もが持っていたのです。ですが、疑うべき根拠もございませんでした。そう、あの日までは」

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