第36話 錯覚かもしれないけど確かにあの時こいつに母性を感じたんだ

 スキルを切る?

 オンオフ的な話だろうか? 考えてみれば、当たり前の様な気もする。

 瑞樹みずき先輩やあの二人の様なスキルだと、使っている時と使っていない時はハッキリ分かれているだろう。


 だが俺の場合はどうなんだ? というよりさ、スキルを発動させるアイテムすらないこの状況、どうやってオフにしろって話だよ。


「いっそ正直に言ってしまおう。俺はスキルを使えない。正しくは自然に発動しているらしいが切り方が分からない。ついでに言うと、スキルの説明もなければ発動アイテムも無い。こんな状況だ」


 ここまで言って、少し疑問が湧く。


「なあ、なぜ俺がスキルを使っていると分かった。それとスキルを使い続けるとどうなる?」


「スキルは目を見れば分かりますよ。鏡を見た事は無いんですか?」


 物凄く人を馬鹿にしたセリフだが、ここは言葉通りだろう。

 怒りよりも、やっぱりかという感情の方が強い。

 散々言われてきた事……ただ確認する余裕が無かったんだ。


「鏡をくれ」


「返してくださいよ。家はあたしを売るほど貧乏なので、壊されると困るんですからね」


 いや、多分そこら辺の誰かの死体にあるだろう――なんて思うが探させても仕方が無いか。

 借りた鏡は銅鏡などの類ではなく、俺の世界でも普通に使われるタイプ。

 だがガラスでなく、金属的な感じが強い。両方の良いとこ取りってところか。

 その鏡で自分の顔を見た時、あの時の琢磨たくまってやつの言葉の意味がよく分かった。


 俺の両目には、白く光る紋章が浮き出ている。

 思い返せば、あの二人もスキルを使っている時は何かが光っている感じはしていた。

 だけどここまでハッキリとは光っていなかったぞ。

 とはいえ、嘘つきの言葉は信用しないとは確かにそうだ。世間知らずの様な事も言われたな。

 今ならよく分かる。俺は堂々とスキルを使いながら、スキルなんて知りませんとほざいていた訳だ。


 全く――笑ってしまう。

 結局そのまま戦闘になって、あの2人とここに居た兵士……百人位か。それを全員殺してしまったわけだ。

 悔やんでも仕方が無いとはいえ、もう少し俺の話も聞いて欲しかったと思う。


 だけど分かった事もある。あいつらに――いや、召喚者にとって、ここは本当にゲームの世界なのかもしれない。

 自分達が死ぬのも、現地人が死ぬのもある意味お構いなし。何処か他人事に感じられた。

 やはり一刻も早く地上へ行かないと。だが、今行って何を伝えればいい? どうすればい?

 答えがない。今は調べなきゃいけない事が多すぎる。


「スキルを使い続けた場合の悪影響が、何かは聞いているか?」


「精神的な負担が大きいって聞いていますね。スキルを切らずにいると精神がどんどん擦り減って、異常な精神状態になるそうですよ。分かり易い疲労が無い分、初心者が陥りやすい罠だって新人召喚者に教えていましたよ」


 ……俺もその講義を受けたかったよ。

 スキルが発動して、何日間彷徨さまよった?

 その間、ずっとスキルは発動しっぱなし。いったいどんな精神状態なんだよ。

 今の俺は、本当に俺と言えるのか?


「スキルを切る、もしくは軽減する方法は無いか?」


 聞きはするが、在るわけがないと俺の心が否定する。普通は最初に自分だけのマニュアルを貰っているんだ。ましてや現地人に、スキルの事など分かるまい。

 俺の精神は、後どのくらい持つのだろう。何処まで正気を保っていられるのだろう。

 いや、これだけの人間を殺して正気も何もない。俺はもうとっくに――、


 突然に、ふわっと柔らかくて暖かいものが俺を包み込んだ。

 セポナが俺の頭を抱きしめたのだ。


「興奮状態が続くとそうなるって、いつも琢磨たくまさんが新人に言っていましたよ」


「……」


「心を落ちかせて、先ずは平常心を取り戻す事です。みどりさんも、よくスキルが暴走した新人さんをこうしていました」


 悪くはないが、乳が無さ過ぎ。細すぎ。骨が当たって痛い。初めて会った時の奈々ななより細いんじゃないのか? 母性なんて欠片も感じない。

 心の中で悪態をつきながら、俺はいつの間にか涙を流していた。

 ぬくもりを感じる。心音が聞こえる。近くに人間を感じ取れる。


 どれだけ長い間、心の糸を張り続けていたのだろう?

 いや、実際には何度も切れていた。でもそのたびに張り直してきたんだ。こんな所で終われないと。

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