第35話 一言でいえば曲者と呼ぶべきか

「それで、奴隷は主人に嘘をつけるのか?」


「いいえ。ですから奴隷に対する朝の挨拶は、自分を殺す気があるか? ですよ」


 殺伐とし過ぎて嫌、そんな関係。

 だがそうまでしても奴隷制度がある。しかも奴隷にするためのアイテムが常備されている。

 つまりここまでの話が全て真実だとしても、奴隷を手にする価値があるという事だ。

 いや、ここだから価値があると言った方が良いのかもしれない。


 普通の荷物持ちポーターが、こんな所に来るだろうか? 怪物と出会っても逃げないだろうか?

 答えはノー。全部投げ捨てて逃げるだろう。

 お前を守ってやるから信じて従え――何とチープな言葉か。

 お前が死んだら俺も死ぬ。だから従え括弧カッコ強制括弧カッコ閉じ。

 これなら納得も出来るな。

 しかも『逃げるな』って命令も、すぐさま命に係わるような状況でなければ強制力が働くようだし。


「それで、互いの死以外で奴隷契約を解除するには?」


「この洗浄液に互いの体液を混ぜた後、奴隷印を洗い流せば完了です」


 お手軽すぎて脱力する。しかし体液か……。


「血液ですよ。何か誤解していませんか? エロい事とか考えてません?」


「そうならそうと最初から言え!」


 殺意も毒気もしおしおと抜けていく。そういえば通訳だったか。単純に語学堪能というだけでなく、話術にも秀でていそうだ。

 いや、まてよ――、


「一つ尋ねるが、召喚者を奴隷にすることは出来るのか?」


「無理です。それが出来たら頭を下げてお願いなんてしませんよ。それにスキルなんかも簡単な説明はされるそうですが、実際にどこまで出来るかは本人しか正確には分かりませんから。わたしたち現地の人間が命令するのは、逆に足を引っ張るだけです」


「なるほど」


 実は言葉を話せるのは召喚者だからで、この脱力感もスキルによる影響――なんてオチも考えたが、そうではないらしい。


「だけど地下から掘りだされた強力な魔道具には、召喚者さえ従える事が出来る逸品があるらしいですよ。もっとも、召喚者にしか使えないそうですが」


「ふむ……そういったアイテムは――」


 聞こうとして止めた。保管場所などこいつが知っていると思えない。

 どうせどっかの宝物庫でしょと言われて終わりだ。

 他の可能性としては商人。貴族制度などがあれば貴族の屋敷って可能性もあるが、どんなアイテムが何処になんてのは神でなければ判るまい。


 しかし奴隷に関しては大体分かったな。

 順番が少しずれたが、後はこいつと契約して今までの話が嘘かどうか確認すればいい。

 嘘だったらオシオキだが、真実であれば小娘一人などどうということは無い。

 放置すれば、勝手に死んでいるだろう。

 ああ、その前にしっかりと契約は解除しておかないとな。こいつの巻き沿いで死んではたまらん。


「では早速奴隷契約とやらを結ぶとするか」


「え、誰が誰とです?」


「俺とお前だよ」


「嫌ですよ。わたしに何の得もないじゃないですか」


 頭の中で練っていた計画が、ガラガラと音を立てて消えていく

 最初の見事な土下座を見た時、こいつは逆らったり抵抗はしないと思い込んでいた。

 自分の甘さを痛感する。この世にモブキャラなどいない。皆一癖も二癖もある生きた人間なのだ。


 しかしこいつは難敵だな。

 殺すぞと脅したら素直に奴隷契約を結ぶのだろうか?

 だが結んだ途端に世をはかなんで自害なんてされたら俺までお陀仏だ。地上をすっ飛ばして天まで行ってしまう。

 いや、話によれば帰るだけなのだがな。


 だけど……多分それは無い。

 それを確かめるためにも、今は戻らなくては。

 俺の予想が正しければおそらくは――、


「ところで」


 わっ! と叫びそうになった。

 いきなり至近距離にセポナの顔があったのだ。


「いつまでスキルを使いっぱなしにしているんです? わたしが心配するのも変ですが、そろそろ切った方が良いんじゃないですか?」


 そう言った彼女の顔は、興味半分心配半分といった表情であった。

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