第37話 初めての大変動

 どのくらいの時間が経ったのだろう。

 心の平穏。それがどんなものか、日常生活で具体的に意識する事はあまりない。

 だけど今の俺にははっきりと分かる。


「なるほど、こうなるのか」


 鏡で見ると、瞳の中に輝いていた紋章が大分薄くなっている。


「薄くはなったけど、完全には切れていませんね。どうせもう少しの間は動けないのですから、ゆっくりしていると良いですよ」


「ああ、大変動だったな。そうしよう。あとどのくらいだ?」


「それは近いとしか言えないですねー。何時何秒……でしたっけ? そういった細く確実な事は分からないのですよ。今かもしれないし明日かもしれないし……でももう、それほど遠くない頃合いです」


「来る事さえ確実なら良いさ」


 手の届かない範囲の事であれこれ悩んでも仕方がない。逆にどうしようもない足止めは、物事を整理するいい機会だ。

 それにしても、実はもうあのメトロノームの様な時計がよく見えない。

 スキルが弱まるにつれて、迷宮全体が暗くなってきたのだ。これが本来の姿なのだろうが、あの明るさはスキルを使っていた時に輝いていた紋章の力か、はたまた俺のスキルの力なのか……。


「ああ、そうだ。その……ス、ス」


すす?」


 実際に言葉にしようとすると、ここまで恥ずかしいとは思わなかった。

 だが聞くは一時の恥だ。確認しておかねばなるまい。


「ステータスとかは分かるのか? ステータスオープンとかで。スキルの詳細とか、現在のレベルとかが分かる奴」


「なんですかそれ? 言っていて恥ずかしくありません?」


 口に手を当ててぷーと笑う。

 こいつやっぱりめよう。


「あ、なんか目が怖いです。これは新人教育の時に琢磨たくまさんがやっていたお約束のトークですよ。いつも笑いが起きましたので、そういったものなのかと……」


「なるほど、納得した」


 やはり皆、そっち系には興味があるのだろうな。

 まあステータスなんて表示されても、信じるほど子供でもないが。

 でもほんのちょっぴりだけど興味があったんだよ。

 それに、召喚者と現地人の違いをより詳しく知りたかった。


 落ち着いたことで、改めてここにある死体全部を俺が殺したのだという実感が湧く。

 立ち上る死臭、尻から感じる死体の感触。もう気持ち悪くてしょうがない。

 だけど立てない。心が落ち着いたせいで、逆に腰が抜けてしまったからだ。バレたら色々とマズいが仕方ないだろう?


 改めて考えるが、これはどちらの力だ? スキルか? それとも召喚者なら誰でもできるのか?

 説明なし、アイテム無し。致命傷を負ったはずだが、今は何ともない。戦闘中に塞がったのだろう。全く記憶に無いが。

 だけど単純に死を回避するスキルという訳でもない気がする。

 そしてこの惨状である。もう何が何やらだ。


 そんな事を考えていると、メトロノームの様なオブジェクトが、鐘のような音を奏で始めた。

 ゴーン、ゴーンという、外見や世界観に似つかわしくない音。


「大変動が来ますよ!」


 そう言うと、セポナは死体から剥ぎ取ったヘルメットで頭を保護し、更に尻を立ててうずくまっている。

 こちらからはパンツが丸見えだ。

 しかし来ると言われても……様子から地震を想像したが、ここはセーフゾーンだろ?

 安全圏だと既に説明を受けている。それに、地震大国日本人を舐めるなよ。


 なーんて考えは、本気で甘かった。

 世界全体を揺るがす大地震。座っていても跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられて再び跳ね上がる。震度5とか6とかの話じゃない。立っていたら、間違いなく最初の突き上げで足の骨が折れた。そういった揺れ。いやもうそんな次元じゃない。


 同時に響く、鼓膜を破るような大音響。緊張と死への恐怖で再びスキルが強くなったのか、外壁がうっすらと見える。

 それはまるで流れる水の様。渦を巻く岩壁など始めて見た。

 柱の向こう、俺が来た場所も大地の濁流にのまれて消えていた。

 成る程、確かにこれは大変動だ。

 外に居て生き残る術など無かっただろう。現地人たちが、俺と言う殺戮者がいるのに逃げなかった理由も納得する。

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