第32話 思い出を邪魔するのは誰だ

 吹き荒れる嫉妬の炎も、ある日を機会に大人しくなった。

 そう、瑞樹みずき先輩が卒業したのだ。

 不意に訪れた、ほんの束の間の平穏。

 奈々ななも美少女だったが、まだそれほど目立つほどではなかった。

 瑞樹みずき先輩という太陽に隠れる月の様だったと言えたかもしれない。


 ところが、奈々ななも3年になると急成長。

 みるみる大きくなり、卒業する頃にはもう高校生になっていた先輩と見分けがつかない程になった。当然胸も。

 ただ一見すると双子のように育った姉妹も、性格はだいぶ違う。

 おっとりしつつも凛とした瑞樹みずき先輩と、ひたすら甘えてくる妹系の奈々なな


 いや、それはどうでも良いな。

 ただマスコット枠だった美少女の急速な成長が再び状況を変える。

 再び吹き荒れた嫉妬の嵐は後輩たちまでも巻き込んで、それはもう酷いものだった。





 瑞樹みずき先輩が高校に入ってからも、俺達の日常にさほどの変化はなかった。ご近所だし、いつどっちの家に行っても親は仕事でいなかったのだから。

 ただ先輩は高校での付き合いも増え、理由は知らないけど女子弓道部にも入部した。

 当然のように一緒にいる時間も少し減ったが、その分奈々ななと二人っきりの時間は増えた。


 他にも一つ、大きく変わった点があった。

 俺は当時、既に二人を女性として意識していた。

 でもどちらを選ぶ? みたいな葛藤は無く、ごく自然な流れで中3の春に奈々ななと付き合う事になった。

 体が急成長を始めるちょっと前の話だな。


 でも、多分もっと前からそういった関係にはなっていたのだと思うし、それは今も変わらないような気がする。

 特に告白とかしたわけではない。俺達は一緒にいるのが自然だったというだけの話だ。



 学校も変わり、関係も少しだけど変わりつつあった中学時代。

 だけど、やっぱり俺達は離れられない。離れる事を拒否したといった方が良いかもしれない。

 日夜勉強し、無事二人とも瑞樹みずき先輩と同じ高校に進学した。


 当然やって来る、先輩方と他校から来た同級生たちによる嫉妬のハリケーン。

 いやもう流石に中学3年耐えればもう慣れた。

 そんなものはどこ吹く風。俺達3人は、また本来の形に戻ったんだ。


 いや、この頃には確か龍平りゅうへいも一緒だったから4人か。

 あれ、いつ知り合ったんだっけ? もう全く覚えていない。

 そういや同じ中学だっけ?

 そんな事すら覚えていないが、まあ男同士の友情なんてこんなものだ。


 ちなみに同じ高校に入った事で、女子弓道部ってのが、名ばかりのゲーム部であったことを知って愕然とした。

 おかしいと思ったんだよ。弓とか持っている姿なんて一度も見た事が無かったから。

 でもそのおかげで、入学してからは俺もゲームというものに触れることが出来たわけだけど。





 思い返せば嫌な思い出が一杯だ。だけど全部、奈々なな瑞樹みずき先輩が塗り潰してくれた。

 そして俺も、黙って嫉妬を受け続ける事に甘んじていたわけではない。

 二人と釣り合う為に、勉学にもスポーツにも励んだ。

 どうせ一人の時間は勉強以外にする事が無かったからともいうが。


 だけどまあ、天に与えられた才能は並程度だったらしい。

 天才が努力するからこそ目に見える成果が出るのであり、凡人の努力なんてたかが知れている。種が無ければ、いくら水や肥料をやっても芽は出ないのだ。


 だがまあ、やらないよりはマシだろう。血のにじむような努力の末、なんとか上の下に近い中の上が俺の定位置となった。


 運動も右に同じ。特に酷いわけではないが、何をするにも大活躍するレベルには程遠い。

 そんな訳で、こいつになら任せられる的な素敵カップル成立とはならなかった。


 でも焦ることは無い。

 先輩は2年で、俺達もまだ1年だ。

 もう大学の学費を支払う為のバイトも始めた。これから3年間は、ひたすらバイトと勉強の日々だ。

 だけど問題はない。不自由もない。むしろ生きているという実感と喜び――何と言うか、充実していると言えば良いか。

 無気力で孤独だった子供の頃とは違う。人生の先に希望が見える。今は2人が一緒にいるのだから。


 あ、龍平りゅうへいもいれれば一応3人か。

 懐かしいな。本当に……懐かしい。





 …………でください。


 誰かの声が聞こえる。


 ……さないでください。


 誰だ? 俺に語り掛けているのか?


「殺さないでください!」


 ふと、夢の中にいたような心が急激に現実に引き戻される。

 そこはあの日の様な真っ赤な世界。だけど染めたのは太陽ではなく俺。俺が流した人の血だ。

 そして目の前には見た事も無い少女が、それはもう見事な姿勢で土下座をしていた。

 血だまりの中で……。

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