第31話 あの真っ赤な世界の中で俺達は出会った

 その日の、真っ赤な夕日を今でも覚えている。

 小学校を卒業し、中学への入学を控えた僅かの――そして微妙な時期。

 俺は朝から家を出て、夕方まで外で遊んでいた。

 父親はいつも通りに仕事へ行き、遅くまで返ってこない。

 母はこの世にすらない。いや、本当はいるかもしれないが、知らない事だ。

 要するに、誰もいない家での留守番が、当時の俺には退屈すぎたわけだ。


 遊ぶと言っても何もしない。ただ出かけるだけ。

 家は貧乏で、ゲームやその他、どんなものが流行っても買えなかった。

 だから流行り物で誰かと一緒に遊ぶという事のなかった少年時代。物質社会の弊害でもあるな。


 そんな訳で、友達の輪には入らなかったし、入る余地も無い。だけど不便は感じない。

 物心ついた時から無口な父親との二人暮らしだった俺は、誰かと共にいるという意味も価値も知らなかったのだから。

 だからこの日も、ただ単に外を散策し家に帰るだけ。いつもの日常だった。



 老朽化した団地の3階にある俺の家。

 いつものように階段を登っていると、見知った顔の少女が2階の階段に座り込んでいた。

 同じ団地の2階に住んでいる子。何度か顔は見ているが、話したことは一度もない。近所と言ってもそんなものだ。

 この日もいつものように挨拶も無しに通り過ぎようとしたが、突然足を掴まれた。


「家の鍵が無いの」


 涙で顔をくしゃくしゃにして泣いている子供。本来よりも、3つは幼く見えた。

 それが、水城奈々みなしろななとの本当の意味での出会いだった。





 そのまま真っ赤に染まる空の下、団地の外を2人で歩いた。

 鍵を探すというよりも、泣きっぱなしの奈々ななを落ち着かせるために歩いていただけ。

 でもそれでも奈々ななは実際に落ち着いたのだろう。最後の方は、俺の手を握りながら笑顔になっていた。


 そこで初めて――いや、こちらも見るだけなら何度も見ていたが、一人の人間として瑞樹みずき先輩に会ったんだ。


「あら、奈々ななどうしたの? そっちの子は3階の子よね?」


 学校帰りの制服姿。当時は先輩の方が10センチも高かったから、ちょっと覗き込むような感じで話しかけてきた。

 美人だけど優しい感じがして、とてもいい匂いがした。

 初めて触れるほどに近くでセーラー服を見て、なんだか表現できないような感情が湧き上がったのを覚えている。

 もしかして、あれが初恋だったのではないだろうか。

 でもそれは一瞬の感情で、今となってはもう分からない。


 当時の先輩はまだ中学一年生だったけど、もう今の片鱗は見えていたと思う。

 胸の膨らみこそささやかであったが、その美しさは評判だったらしい。

 でも異性に対して何も感じていなかった俺は、当時はそんなに気にしていなかったんだ。





 ただその日以来、俺達は一緒に遊ぶ友達になった。

 水城みなしろ家も母親が亡く、先輩も家の事が忙しくて中学校では部活をやっていなかった。

 だから本当に、ずっと一緒にいた。どちらの家という事もなく、その日の気分次第でどちらかの親が帰って来るまで同じ部屋で過ごした。


 それは俺達が中学校に入学してからも変わらない。

 誰も高級な遊び道具なんて持っていなかったから、ほぼ毎日が鬼ごっこなんかの駆けっこだったな。

 それに家の中ではずっとトランプに他愛のない雑談……今考えると、とても中学生の遊びとは思えない。

 というか、女子二人を相手にそんな事をしていた姿を、周りはどんな目で見ていたのだろう。

 まあ、後に嫌というほど知る事になるのだが……。





 瑞樹みずき先輩は、中学2年になる頃にはぐんぐん成長した。

 背も160センチに達し、何よりも胸部の成長が凄かった。

 次第に異性を意識し始めた俺には物凄く恥ずかしかったけど、それ以上にこの頃にはやっかみも相当なものだった。


 なにせいつの間にか、先輩は学校の有名人。成績優秀で品行方正。更に美人で巨乳となれば憧れない男はいない。

 そんな人といつも一緒の男が居るのだ。気持ちは分かる。

 ラブレターを渡してくれとか、紹介してくれとか頼まれたのは1度や2度じゃ……いや、瑞樹みずき先輩が卒業するまでに100回はあったんじゃないか?

 もちろん全部断った。ただそんな訳で、俺は中学生活中、同級生は勿論の事、先輩からも後輩からも睨まれていた。


 毎日学校を吹き荒れる嫉妬の炎。陰湿なやっかみ。

 何度か距離を取ろうかとも考えたけど、そんな事は出来なかった。

 俺の居場所は、もう二人のそばにしかなかったのだから。

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