第30話 あの時の事はよく覚えてはいない

 地面と石槍。2つの場所から出現した無数の鎖が、成瀬敬一なるせけいいちの全身を無惨にも貫いていた。

 確認するまでもない。確実な致命傷である。


「終わったな」


「ええ、終わったわね」


 新庄琢磨しんじょうたくま須恵町碧すえまちみどり 。二人のスキルの相性を利用した最高のコンビネーション。

 だが奇襲技だ。出来る限り、人の目があるところでは使いたくは無かったが仕方がない。

 そもそもみどりのスキルは便利な分、使用中は動けない。

 今は敵では無いとはいえ、現地人にも見せてこなかった。それが切り札まで使う羽目になったのは少々誤算だったと言える。


 だがそれ程の強敵だった。だがなぜこんな奴が放置されていた?

 一度上に戻って確認を取りたいが、もう今この瞬間に大変動が起こってもおかしくは無い。


「暫く待機は変わらずか」


 そう呟いた時だった。





 ――ズン。


 無意識のうちに、俺は大地を踏みしめ、崩れ落ちる寸前の体を支えていた。


「なんだと!? 致命傷のはずだ!」


 どこからか日本語が聞こえる。近いような遠いような、エコーが掛かっているようでよく分からない。

 ああそうだ、思い出した。石槍の男だ。アイツと戦っていたんだ。

 今一つ分からない。全身を鎖が貫いているからか? そのうち一本が、頭を貫いているからか?

 ああ、邪魔だな。こんなのがあるから、思考がまとまらないんだ。


 ――消えろ。


 全身に力を込め、貫いた鎖の全てを引き千切る。

 キラキラと光りながら地上に舞う残骸は、まるで本物の鎖の様であった。





 こふっと、須恵町碧すえまちみどりは小さな咳をした。

 口元から流れた一条の血。それはすぐさま決壊した濁流のようにあふれ、彼女は大量の血だまりの中にバシャッと倒れ込んだ。

 同時にその体が薄黄色の輝きに包まれる。


「ごめん……」


 ただそれだけの言葉を残し、ほんの一瞬の間に跡形もなくこの世界から消滅した。


「そうか……帰っちまったか。まあいいさ、ゲームの時間も終わりって事だな」


 そう言って腰の長剣を抜く。

 本気で武器を使うのは久々かもしれない、ふとそんな事を想う。

 新人教練では手ほどき程度だったし、護衛はスキルを使う方が手っ取り早かった。

 そしてまた、多分これが最後になるだろう。


 ザリ……ザリ……。

 砂交じりの土を、不器用に歩きながら近づいて来る。

 だが変だ。目の錯覚か? 違う。

 奴の姿が重なって見える。ボロボロになった体と、無傷の体。

 まるで脱皮して、もう使えない体を捨てるかのように。

 今までの体は幻のように消え、そこには剣を持って立つ無傷の男の姿があった。


「最初から、人間ヒトではない前提でやるべきだったよ! この人外モンスターめ」





 一人の女性が、この世から消えた。だけどあれはなんだ?

 優しい光に包まれ、霞むように消えていった。

 違う。あれは違う、あんなんじゃない。

 あのサラリーマンは? サッカー部の先輩は? 名前も知らない同じ学校の奴は?

 みんな無惨な死体を残して死んでいたじゃないか。


 もう一人の男が長剣を構えて突進してくる。あいつも死んだら光に包まれて消えるのか?

 元の世界に帰る事が出来るのか?

 それってずるくないか?

 なら、あの3人の死にざまは何だったんだ!?


 ”許せない”


 自分でも、何が起きていたのかを理解できなかった。

 山ほどの人間を斬ったと思う。


「勝負だ!」


「うるせえ!」


 左右背後から石の槍を伸ばしつつ攻撃してきた男がいた。だけどそいつは、斬ったら光に包まれて消えてしまった。まるで満足したかのような笑みを浮かべて。

 血を吹いて倒れる他の人間とは違う。アイツは誰だったか?

 ずるい――何が?

 頭が痛い。体中が痛い。もう……何も考えられない…………。



 俺は何をしているんだ?

 何処へ行きたかったんだ?

 そんな事を考えていると、ふとポケットが熱くなった様な気がする。

 ああ、そうだ。みんなの遺骨。せめてそれを、日の当たる場所に埋めてあげたかった。


 3人分……3人、そうだ、3人に会わないと。

 誰だったっけ?

 大事な、とても大切な、俺の……宝物。

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