第28話 剣で斬れるなら戦えない相手じゃない

 女性の指示を受け、兵士達が密集した。俺を囲む円形のファランクス。言ってしまえばそんな陣形だ。たった一人の人間に対して、あまりにも大げさじゃないのか?

 そしてじりじりと近づいてくる。嫌すぎだ。

 だけどこのままでは、全方位から攻撃されてあえなく昇天。ここは覚悟を決めて……右!


 ――と動いた瞬間、足元から石の槍が突き出してくる。

 危ない! 判断が遅れていたら、それでもうゲームーオーバーだ。

 しかもそのまま生きているように上から攻撃してくる。ここに居てはだめだ。

 覚悟はもう決まっている。今考える事は死なない事。今すべき事も死なない事。それ以外の事は全て捨てろ。倫理も、感情も、何もかも頭から外せ!


 兵士の群れに飛び込んで、斬って斬って斬りまくる。

 槍が邪魔だった。盾も邪魔だった。だけど全部斬った。

 振り下ろされる剣。叫んでいる人間。知るかよ、そんなもの。全部斬り倒せば済むだけだ。





 冗談だろ? と新庄琢磨しんじょうたくま戦慄せんりつした。

 普通のちょっと違う高校生どころではない。もう30人は斬り倒されている。しかもテレポートスキルを使う様子もない。


 いや、これは使えないように追い込んだのだから間違ってはいないはずだ。

 だが弓兵を後ろに下げたのは失敗だったか? 心の中に生じた迷いが判断を鈍らせる。

 ちらりとパートナーを見ると、彼女も判断に迷っているようであった。



 新庄琢磨しんじょうたくま須恵町碧すえまちみどりは、同じ大学の2年だった。

 現実世界からの付き合いであり、この世界に召喚されてからはおよそ9か月になる。

 その間、何度も死の危険と遭遇しながらも、何とかここまでやって来た。


 それなりの数の宝物も回収し、既にある程度の力を持ったまま帰ることが出来るとは説明されている。

 だがこの世界は辛いが楽しい。何の制約も無く、いつでもみどりと一緒にいられるからだ。

 死んで帰るなんて、その時が来たらいつでも出来る。そこで新人教育や、こうして現地人チームの警護などを生業としてきた。

 当然のように、その過程で何十人もの人間やスキルを知るに至る。だが目の前の少年は、そのどれとも違う、異質なものだった。

 人としても、スキルとしても。


「そろそろ、帰り時かもな」


 自覚や予感があったわけではない。だが自然と、そう呟いていた。


「それ程の相手かしら? じゃあ、そろそろ本気で行くわね」





 視界の端で、キラリと何かが光る。あの男と一緒にいたローブの女性だ。

 全身から鎖が伸び、それが地面に吸い込まれている。

 見た瞬間、全方向から襲い来る殺気。いや、あの女性に気が付いていなければ、それにも気が付かなった。


 慌てて飛び退くと、たった今までいた地点に無数の鎖が襲い来る。地面から飛び出してきたのだ。


「繋がっているのか――くそ!」


 まるで巻き戻したかのように鎖は地面に戻るが、穴などは開いていない。

 地面を媒介とした空間転移型の攻撃スキル。魔法と言ってもいいか。

 ただ仕組みは予想できるが、今は吟味してもしょうがない。

 大切なのは、あれを止める事だ。だけどどうやって……いや、今更悩む必要があるのか?


 再び地面から鎖が迫る。先端は槍のように鋭く、左右は刃のように鋭い。凶悪極まりない。

 もしスキルが本人の特性に左右されるのなら、あのお姉さんは相当なS《サド》だな。


 更に鎖は止まらない。避けきれず頬、足や手など数ヶ所を斬られた。

 しかし――チャキンと金属の切れる音共に、1本の鎖が切断されて消滅した。

 勇者の剣で切ったのだ。

 こちらを攻撃できるのに、こちらからは攻撃できないなんてずるい物で無くて良かったよ。

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