第21話 何も知らない事はそれだけで怖い

 行きと違い、帰りは鎧付き。それにベルトと鞘、それに剣も貰って来た。

 そして実は、ついでに竜の肉も3キロくらい持っている。近くに落ちていた死体のローブを拝借して風呂敷にしたのだ。


 降りるのと違い、登るのは意外と簡単だった。

 それに下からはこの入り口は完全に死角だ。誰が来たって解るまい。

 まるで犯罪者のようだと自嘲しながら鍾乳洞へと戻り切った所で、遂にお腹が決壊した。





 そこからしばらくは地獄の日々だった。

 頭痛と眩暈めまいに襲われ、数日の間は動けなかった。

 だけど幸いここには水は幾らでもある。それに竜の肉も少しだけ熟成したのだろうか……いや、ただの腐敗かもしれないが、それでもある程度は噛み切れるようになってきた。

 それに体も慣れて来たのだろう。今ではすっかり食べても問題は無い。

 むしろ力が湧いてくるようだ。と言っても、それは満腹になったからってだけだな。

 ご都合主義的な物語のように、竜の力を手にしました。パラッパーみたいな感じはしない。


 だけどこれで支度は整った。とにかく迷宮を出よう。

 どう説明するかとかはその場で考えるしかない。もしかしたら、最悪の結果が待っているかもしれない。

 だからと言って、ここに居てどうする。こんな鍾乳洞で一生を過ごすなんて絶対に無理だ。

 それに早く奈々ななに会いたい。瑞樹みずき先輩にも。ついでに龍平りゅうへいもだな。

 いよいよ穴倉から出る時だ。





 盆地には、もう骨も残ってはいなかった。


「派手に食われたものだな」


 素直な感想だった。

 迷宮の生き物達は、よほど飢えているのだろう。

 まあどこかの巣穴に運んだという仮説も立つが、そんな場所があっても見なかった事にするだろうから同じである。


 だがそれよりもおかしさに気付く。


「どういう事だ……」


 周りを見渡し、光っている岩の下なんかも覗き込んでみる。だが無い。あるべきはずの物が何処にも無い。


「武器や鎧は何処へ行った?」


 あれは金属製だ。芋虫や大トカゲ、さらに小型の掃除屋まで集まっていても、武器などの金属は手付かずだった。

 だが今は消えている。

 人間の部隊が来て回収していった……ああ、これが一番自然な流れだ。


 遅れて金属を食べる生き物が来て食べていった。いや、案外あの時点でそういったバクテリアがいたのかもしれない……俺にとって一番幸いなのはこれだ。

 仮にいたとしても、実際ここまで彼らは金属の武器や防具を使っていたんだ。注意していれば問題ないレベルだろう。


 もっとも面倒なのが、人間の武器や防具を使う知恵はあるが、意思も言葉も通じない連中がいた場合。

 オーク、ゴブリン、リザードマンといった、いわゆる亜人デミヒューマン

 それも、消えた装備の量を考えれば少数ではない。大軍だ。

 話し合いが通じるとは思えない。そして質の悪い事に、ここはそんな彼らのテリトリーである可能性が高い。

 今後は待ち伏せや罠にまで注意を払わないといけないって事か。


 そんな事を考えて苦笑する。今までが、無防備すぎただけだ。

 ここは”こんな下層”だと勇者は言った。

 上に行くほど敵は弱い……そんなのは本当のゲームの中だけだ。

 実際には食物連鎖で――あ、いやいや。それは人間の強さを考えないと分からないな。今は忘れよう。

 だけど軍勢を率いてやってきたって事は、ここから上は比較的手薄になっているのではないだろうか?


 いやでも、そうすると他の召喚者は……そもそも、この迷宮ってどれだけ広いんだ?

 答えの無い問いが、頭の中でぐるぐると回る。

 もういつもの事だ。ここに来て、毎日これの繰り返し。

 完全に時間の無駄だ。俺は無駄な考えは無視して、素直に上への道を探すことにした。

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