第20話 余計なトラブルを増やすべきじゃない

 落ち着いてふと思う。もう一度試したらどうなるのだろうか?

 空腹はさほど変わらないし、ここに敵となる様な生き物はいない。生きている人間もいなかったしな。まだまだ何度かは試せそうだ。

 ただここに他の生き物が入って来ないのは、竜の巣だったからだろう。いずれ知性の無い生物が入り、その様子を見た大型の肉食獣も入ってくる。あのトカゲの様な。


 よし、急ごう。

 間に合わないかもしれないという考えはもちろんあった。だがそれよりも、何の手持ちも無い事が問題だった。

 それは道具というだけじゃなくて、いざという時に状況を変える手段。この世界ではやはりスキルと言う事になる。

 知るべきだ。いや、知らなければいけない。





 ……なのに、まるで発動しない。何なのコレ?

 もうずいぶん肉も食べたし血も飲んだ。胃が消化を放棄したかのように残り続ける肉のせいで腹が重い。というか痛い。

 血だけは腸へと通過し、下腹部が焼けるように痛い。でも死なない。スキルは発動しない。


「嫌な思いをしただけだ……」


 大の字になって虚しくつぶやくが、それでは物事は動かない。

 唯一の慰めとしては肉の切り方に慣れたのか、石のように硬かった肉も綺麗にさばけるようになったことだ。

 いや、肉屋を目指しているのではないのだから嬉しくもなんともない。大体、こんな肉を再び捌く日が来るのか?


 そんな事よりも重要な事がある。俺の推測だと、この後に訪れるのは激しい嘔吐に下痢。そして脱水症状である。


「移動しよう」


 結局はそれしかない。

 そもそも、まだ竜の血肉が原因だったと確定したわけではないのだ。

 まだスキルが発動する要因は、片鱗すら見えていない状態と言って良い。


 そうだ、大切な事は情報を集める事。

 一つの出来事を見て、これはこうだったんだーなんて結論が出るわけがない。

 トライアンドエラー。真実に辿り着く一番の近道は、結局は確認の積み重ねなのだ。


 ただその前に……俺は勇者の遺体の前で手を合わせると、その剣に加え、鎧も頂戴した。

 鎧は腹から背に掛けて大穴が開いていたのでどうかと思ったが、胸部と腹部は分解できるようになっていた。そんな訳で、こちらは胸部鎧ブレストプレート肩鎧ショルダーアーマーだけ頂いていく。


 手や脚にも鎧はあったが、こちらはこれからの移動を考えると無い方が良い。今後どれだけ歩くか分からないし、そもそもここからもう一度あの盆地を登るのだ。

 それでもこの剣は置いてはいけない。今後何に出くわすか分からない。そう考えれば、竜の肉さえ切れるこの剣は命綱と言える。

 だが俺は泥棒になる気はない。安全な場所に到着するまで借りるだけだ。

 その時に改めて説明し、遺族に返せばいいだろう。





 こうして俺はそそくさとその場を後にした。

 人間に会いたいという心。だけど今出会ってしまうと面倒だという心。二つの相反する心の葛藤の結果、今は人間を避ける事にした。

 それは現地人も召喚者も含む。なにせまだ、俺が生きていて良い存在なのかの判断すらつかないのだから。


 だがそんな決意に意味もなく、幸か不幸か誰にも出会わず盆地に戻る。

 鎧を着てここを登るのかと考えると気が滅入るが、安全かつ水があるのはあそこしかない。

 しかもそろそろお腹がゴロゴログルグルと悲鳴を上げている。

 漏らしたからどうしたという事は無いが、もしそんなシーンを奈々なな瑞樹みずき先輩に見られたら、俺はこの剣で割腹自殺を図るだろう。

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