第19話 2度目のハズレ

 勇者の剣で肉を断つことは出来たが、硬さばかりはどうにもならない。

 一言で現すのなら、弾力が微かに感じられる石。とてもじゃないが食べられるものではない。

 火を使えばとも思ったが、焼けばもっと硬くなるだけだし、煮るには道具が必要だ。

 大体、それ以前に火が無い。


「生で食うのか……」


 ダンゴムシよりはマシとはいえ、その硬さ、そして直前まで会話していたという罪悪感が色々と躊躇ちゅうちょさせる。

 先ずはそれを忘れるため、そして実際に食べるために無心で無数の切れ目を入れた。

 隠し包丁なんてものじゃない。それこそ1ミリよりも細い単位で網の目状に入れる。


「これで噛み切れなくても何とかなるだろう」


 厚さは5ミリほど。ハンバーグくらいの大きさに無数の切れ目。これならいざ噛み切れないとなっても腸は通ると思う。


「問題は栄養だな」


 消化できなければ本当に石を飲み込んだのと同じだ。

 最悪、まだ残っている血を使ってこの肉を飲み込もう。肉と血。2つあればどちらかは何とかなる……というか、なってくれないと困る。

 後は腹が膨れればもう少し力も出るし、思考も回るだろう。


 こうして食べてみたが、うん、やっぱり少し弾力のある石。今更だが予想通り。歯の方が砕けてしまいそうだ。

 これならビーチサンダルの方が、柔らかい分だけまだ食べやすいだろう。


 一度吐き出して、更に切る。取り合えず刺身程度まで小さくだ。

 そして噛まずに飲み込み、死体から流れている血を一緒に飲む。

 期待はしていなかったが、臭いし不味い。普通の食べ物が恋しい。もし俺の倫理観が壊れていたら、迷わず勇者の方を食べただろう。

 だけどそんな事はしない。俺は人間だからな。

 そんな俺の頭の中に、聞いた事のある声が響いてきた。


《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》


 おい、ふざけるな。

 何が悪かった? 考えるまでもない。こいつの血肉だ。

 いや、もちろんダンゴムシが遅効性の毒を持っていた可能性もある。いや他にも……。

 いやいや、そんなあれこれ考えだしたらキリがない。今の時点で集中すべき事はこのスキルだ。

 あの時は意識が無かったから何も分からなかった。だが今は違う。意識をしっかりと保て、俺。

 ここでこのスキルの正体を知るか知らないかで、今後の命運が決まると思って良いんだ!





 そして気が付いたら、俺は元の位置で目を覚ましていた。

 変わらぬ竜の死骸。変わらぬ勇者その他の遺体。

 どのくらい気を失っていたのだろう。悔しさで体が震えるなんて、いつ以来だろう。


「くそっ!」


 思いっきり床を叩くが何も解決するわけがない。ただ手が痛いだけだ。

 何も判らなかった。本当に死を回避するだけか? だとしたら、こっちの世界――というか、ソロではまるで意味が無いスキルだぞ。

 もしここに芋虫の群れがいたら? 目覚める頃には白骨だ。

 相手に知性と悪意があったら? きっと何度も復活するおもちゃとして遊ばれるだけだろう。下手をすれば、死よりも苦しいかもしれない。


 そう考えて、ゾクリと背筋に寒いものが走る。

 相手に知性と悪意……まだ亜人デミヒューマンは見ていないが、いるじゃないか、それを体現したような存在が。そう、人間だ。

 このまま人間の世界に戻って良いのか?

 帰還したはずの人間が帰って来た。しかも一緒に帰還した人間は死んだ。問題は無いのか?


 いやいや、これは以前も考えただろう。

『俺は帰れなかったけど、多分みんなは帰ったよ』……多分これで済むはずだ。

 だが細かく事情を聞かれたら? 皆の死体の件は?

 その辺りの説明は一切受けていないから判断のしようがない。

 まあその辺はアドリブだ。顔色をうかがいながら何とか誤魔化す以外に手は無い。


 だがそれでどうにかなるのだろうか?

 もしも俺の予想が正しいとしたら……そして竜の言葉が間違っていないのなら……この世界の人間は俺達にとって――敵の可能性が高い。

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