第18話 ダンゴムシよりはましだ

 慌てて振り向きながらも、何となく理解していた。

 ここにいるのは、もう一人……いや、一体しかいないのだから。


「その傷でも死んでなかったのか」


 言葉を発したのは傷だらけで伏していた黒い竜だった。

 恐怖はある。だけど不思議と取り乱したりはしない。もう奴が死ぬ事が予想できたからか?

 違うな。最後の力を振り絞れば、きっと意識する前に殺されているだろう。

 多分だけど、落ち着けたのは言葉を交わしてきたからだ。


『もうじき死ぬであろう。しかし人間などに殺されるとはな。この黒竜も墜ちたものよ』


「……そうか」


 死を前にした者に話しかけられた。それがたとえ人間でなかったとしても。

 俺は座り、話をする事にした。

 何となく、それが礼儀である様な気がしたからだ。


「この男は強かったのか?」


『さすがは勇者と呼ばれた者よ。名を聞きそびれたのは失敗した。聞いてやればよかったと、今は後悔しておるよ』


「そうか……」


 この世界にも勇者ってあるんだ。

 でも俺の知る勇者と違って、将軍のようなイメージだったな。

 大軍を率いてって所がまさにそれだ。


『召喚者もまた、こんな所に何をしに来た。勇者の援軍でもあるまい』


「ああ、その辺は色々あってね。追放されたんだよ。お前は要らないってね。それで全部忘れて元の世界に戻って、いつもの日常が始まるはずだった……」


『元の世界へ戻る? 有り得ぬな。この世界から戻ったものなど……』


「いやちょっと待て。その言葉は聞き捨てならないぞ。何か知っているなら――」


 慌てて聞いてみるが、もう既に遅かった。

 そこには黒い竜のむくろがあるだけ。既に……事切れていたのだ。


 聞きたい事は山ほどあった。

 目がどうしたって?

 ここが深い場所? セーフゾーン? 迷宮の事など何も聞いていない。聞く必要も無かった。

 今にしてみれば、3日くらい一緒にいていろいろ学んでも良かったんじゃないのか?

 だけど首を振って、その考えを打ち消す。

 みんなの為に、すぐに帰った方が良いと決めたのは自分自身だ。それを後悔してどうする。


 ただ竜の言葉――帰ったものはいない。これはどういう事なんだ?

 あと1分……いや、10分生きていて欲しかった。今となっては、怪我を治す薬があったら竜の方に使いたかった気分だ。

 まあ、どっちにしろ無かったのだから意味はない。


 立ち上がろうとするが、急激に空腹に襲われて眩暈めまいがする。

 そりゃそうだ。結局ダンゴムシを半分食べただけだ。まるで足りていないが、可能な限り手を出したくなかった。

 あれからどのくらい彷徨さまよったのだろうか? 全く実感が無い。


 恥ずかしく不敬でもあるが、勇者の荷物を漁る。

 とはいっても背嚢バックパックはなくベルトに付けたポーチ程度。

 中身は粉々に砕けたガラス瓶の残骸に、濡れているうえに何と書いてあるのか分からないメモ帳。それに穴を開け、鎖を通した銀色の粗末なコインが入っていた。

 この世界の風習は分からないが、通貨って事は無いだろう。どちらかというと、お守りの類か? それとも身分証? 一応コインの方は持って行こう。

 ただ残念ながら、食べられるものは無かった。


 仕方ないと溜息をつき、竜の方へ行く。全身が傷つき、大量の出血跡と肉の断面が見える。

 たった今まで話していた相手をどうこうするのは心が痛むが、まさか勇者の方を食べるわけにもいかない。


「すまないな。ここで俺まで死ぬわけにもいかないんだ」


 鱗に当たらないように断面をえぐろうとするが、何だコレ、石よりも固い。

 まあこんな巨大な生き物だ。そりゃそうだよなと思うが、熟成か腐敗を待ってなどいられない。

 何とかなりそうな場所といえば、ももの辺り。剣で鱗と皮膚を切った感じで、丸く肉が露出している場所がある。

 ……が、やはりここも鉈では傷つかない。そりゃそうだ。こんなもので傷つくのなら、もっと簡単に倒しているだろうよ。


 だけどそれで思いついた。この傷を作ったのは誰だ? 勇者だ。

 どうやって? そりゃ、あの剣だろう。

 将来的には遺族に返すにしても、今使う事に問題は無いだろう。

 剣を拾って、傷口に突き刺してみる。

 確かに硬いが、粗末な鉈と違ってしっかりと刃が通る。


 良かったよ、勇者の力が無いとダメとか言われなくて。

 でも同時に確証もあった。この世界の勇者は、ただの人間だ。

 俺の考えるゲーム的な勇者とは、召喚者の事を指すのだろう。

 なら俺もまた、スキルを使えるようになれば普通の人間よりも強くなるのだろうか?



 この時の俺はまだ、そんな力があれば皆の役に立てる。一緒に迷宮探索が出来る。そんな甘い事を考えていた。

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