第17話 ここにいるのは俺の意思じゃない

 先に……といっても何の指針も無い。

 ただ足が向くまま先へと進む。


 散乱する武器。たまに鎧の腕だけが動いているかと思ったら、中に芋虫が入っているだけだった。

 ここは戦場跡。だけど何と戦っていたのだろうか? 敵の死体が見当たらない。ぼろ負けだったのだろうか?


 盆地ほどじゃないけど、この辺りは鍾乳洞よりは広い。

 だが荷馬車の様なものも見られない。まあ馬みたいな動物はいても食われているだろうが、残骸まで無いのは気になる。

 水や食料などは、手で持てる分だけを持ってここまで来たのか。

 そうなると、迷宮としては浅い地点なのだろうか?


 だからといって油断出来るわけがない。

 手持ちは拾ったナタ一本。槍は長くて重くて不便だったし、剣があったってそれで何に勝てるというのか。

 少なくとも、大量の人間を殺すだけのモンスターがいる。

 そして俺のスキルは、未だにさっぱり分からない。

 うん、ダンゴムシを解体する鉈一本だけあれば十分だ。

 まあ、重いものを持ちたくないって気があったのも事実だ。体力は出来る限り温存したかったのだから。





 進んだ方向が当たりだったのか、外れだったのか、それは俺には分からない。

 だけど、そこは今までとはまるで違う部屋だった。

 まるで三角錐をくりぬいたような巨大な広間ホール。真っ黒な壁、真っ黒な床。だけど明るい。光源は分からない。けれど、そこにいるものは見えた。


 一つは巨大な黒い竜。2対の手足に巨大な翼。体中傷だらけで倒れ込んでいる。

 そしてその脇には一人の男が倒れていた。よく見れば他にも何人もの死体がある。

 黒焦げだったり潰れていたり、一部パーツだけだったりと酷い状況だが、いつもの芋虫の類は見られない。

 だけどそんな事を考えるよりも早く、俺は倒れている男の元へと駆け寄っていた。


 鮮やかなブルーの鎧。プラチナの様な滑らかさがありながら、微かに光を放つ剣。

 それに立派なマントと、どう見ても相当な地位のある人間だ。

 髪も瞳も青く、俺達の世界の人間ではないと一目で分かる。

 歳は20代くらいか?



「おい、大丈夫か?」


 その男はまだ生きていた。だが腹部を貫いたであろう巨大な爪痕は、素人目にも致命傷だと判る。

 だけどここは常識外の世界だ。


「しっかりしろ、意識はあるか? こんな時に使う薬みたいのはあるか?」


 もしかしたら、致命傷も薬一本で治るかもしれない。

 ゲームなら有り得るじゃないか。


「君は……その目、そうか……召喚者か?」


 目? いや、今は置いておこう。

 それよりも、少し発音はおかしいが言葉が通じる。今はこちらの方が重要だ。


「ハハ、そうか、流石だな。俺達の誇りも、結局は召喚者の前ではこの程度のものだったんだな」


「おい、しっかりしろ。そんな事はどうでも良いんだ。薬なんかは無いのか?」


「3千を超す大軍勢でここまで来た。様々な可能性を考え、修練も積んだ。幾つものセーフゾーンを越え、何度も大変動を切り抜けた。多くの怪物と戦い多くの仲間を失った」


「余計な事をしゃべるな!」


 何とか止血しようとするが、傷は腹部から背中まで抜けている。これでは止めようが無い。

 何の手段も無いのなら、もうお手上げだ。


「薬は無いのかよ!? おい!」


「だが召喚者は違う。鎧も装備も支度も無く、平然とこんな下層まで来てしまう。やはり化け物だよ、お前たちは」


「俺がここに来たのは事故だよ。いや、事故と呼べるかどうか……まあ追放されたんだよ、役立たずだってな。だからお前の考えているような――」


 そこまで言って、俺は言葉を止めた。

 男はもう、事切れていたのだから。


「結局、愚痴だけ言って死にやがった。何が化け物だよ。こちらはその中でも最低ランクのスキル無し。役立たずだって追放されたけど、帰る事も出来ずにこんな所を彷徨さまよっているハンパものだよ」


 言っていて、自分が情けなくなる。

 何でこんなことになってしまったんだろう。

 一体これから、どうしたらいいんだろうか。


『そうか、召喚者か。道理で少し人間とは違うと思ったよ』


 感傷に浸る間もなく、すぐ後ろから野太い声が響いた。

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