【 帰還するための道 】

第13話 全員死んでいるなんて冗談だろ

 痛い。体中が痛い。これは打撲か。記憶が全くない。

 いや、思い出せ……今はいつだ。ここは何処だ。俺は何をしていた?


 指先から腕、肩から腰、腹にかけての状態を確認しながら、ゆっくりと上体を起こす。

 眩暈めまいの類は無い。意識もはっきりしている。体も指先一つまでしっかりと感覚を感じる。あちこちずきずきとは痛むが、触った限り出血も無い様だ。


「ここは……どこだ?」


 天井から垂れ下がる鍾乳石は光り輝き。そこらに生えたキノコも七色に輝いている。

 広さはかなりあって、移動の問題もなさそうだ。

 周囲は実に幻想的な風景で、観光に来たのならきっと小躍りして喜んで写真を撮りまくっていただろう。

 だけど違う。次は腰から足をチェック。問題無い、立ち上がれる。


 立ち上がって考える。ここが元の世界? 俺の部屋? 馬鹿を言っちゃあいけない。これが現実なら、俺はどんな生活を送っていたんだよ。


 最後に何か声が聞こえたような……そう考えながらも辺りを見渡すと、目の前にそれが有った。

 いや、それと言うにはあまりに失礼だろう。だがそうとしか言えなかった。

 地面から生えた石筍せきじゅんに背中を貫かれた男性。一緒に落ちたサラリーマンだ。


 しば茫然ぼうぜんと立ちすくんだが、不思議と逃げる事も叫ぶ事も吐く事もなかった。

 もう色んな事があり過ぎて、俺の精神の容量キャパシティは完全にあふれていたのだろう。


 所々に明かりのある薄暗い鍾乳洞の中、周囲に目を凝らせば、サッカー部の先輩もいた。一緒に落ちた奴も。

 二人ともサラリーマンの様な無残な姿ではないが、両方共うつ伏せで地面に倒れたまま動かない。

 近づこうとするが、足が止まる。二人とも、もう死んでいる。

 流れる血。そしてその遺体を食べている上腕ほどある芋虫が見えたからだ。

 見れば周りからも続々と集まってきている。あれはもうどうしようもない。


 そうだ、ここはおそらく迷宮ダンジョン。だがなぜだ? いや、今は答えの出ない事を考えたってしょうがない。

 改めて自分の所持品を確認する。けど何もない。当たり前か。

 この世界に来た時に制服を着ていた。だけどそれだけ。携帯も無ければ財布も無い。当然武器になるようなものも何ひとつない。それどころか食べ物すらないぞ。どうするんだこれ。


 いや、待てよ。俺は落ちる時、何か聞こえた。たしか『避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます』……だったか?

 アレはスキルを使った時のアナウンスか? なら俺のスキルが発動した? ハズレ? なんだよそれって。

 しかも相変わらず説明らしきものは無い。スキルを発動するためのアイテムは? さっき確認しただろう。何も持って無いよ。


 それが無いと……そうだ、スキルが使えないんだ。その代わり滅多に無くなる事はないし、壊れたらもう一度あの神官にお願いして出してもらうんだったな。

 ……うん、無理だ。というか、それならなぜスキルが発動したんだ?


「大体、そもそもこの状況は何なんだよ!」


 必死に冷静さを保とうとするが、もう限界だ。

 一体どういう事なんだ? あそこから落ちたらそこは現実。ここでの全ての記憶を失って日常に逆戻りなんじゃなかったのか?

 なのに……目の前では一緒に落ちた3人が死んでいる。


 どういうことなのか全く分からない。

 今まではどうだったんだ? もし探索中に仲間が死んだら? 女神官は何と言っていた?


「この世界で死んでも現実に戻るだけ」


 ――そう、確かにそう言っていた。

 今と同じような状態でか? 目の前に仲間の死体があって、


「彼や彼女は元の世界に帰りました」


「なるほど、そうなんですか。納得です」


 あるかそんな事!

 いや、あるのか?

 少し冷静になって考えてみよう。

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