第12話 発動したハズレ

 どうやら俺と同じような立場の人間はそこそこいたらしい。

 俺以外に3人。一人はスーツを着たサラリーマン風の男。もう二人は俺と同じ学校の生徒だ。

 一人は男、もう一人は女。つか、女性の方は見たことあるし、服装が特徴的だ。

 下は学校のスカートだが上は女子サッカーのユニフォーム。背は低いが、箱のようにがっちりした体格に俺よりも太い太腿。

 確か3年の先輩で、言うまでもなくサッカー部だ。名前は知らないが、目立つので何となく覚えている。


「先輩も帰るんですか?」


「ああ、さっき乳揉んだ奴か。後輩だろうとは思っていたよ。現実で同じ事やって捕まるんじゃないよ」


 覚えているのはハズレじゃなくそっちかよ。つかあれは事故だ。


「やりませんよ」


 いちいち説明するのも面倒なので、そう切り返す。


「それより、先輩も帰るんですか? スキルがそんなに悪かったとか?」


 正直スキルの事は口に出したくなかったが、話題と言えばそんなものしかない。


「飛翔だってさ。修練すれば、高い所から落ちても大丈夫だし、数百メートルのジャンプも出来るらしいよ」


「そりゃ凄いじゃないですか」


「そんなもの人前じゃ使えやしないし、試合中に迂闊に使ったらあたしのサッカー人生はお終いだよ。本当にこの世界に留まって影響がないのかも分からないしね。朝練もあるし、試合も近いんだよ。もう帰っちまって問題無いさね」


「私も似たようなものです」


 そう言ったのは、スーツ姿のサラリーマンだった。


「明日は大事な会議なんですよ。彼らの言う事を鵜呑みにして遅刻しました。成果もありませんでしたでは人生台無しだ。こんな話、誰も信じないでしょう?」


「まあ寝ぼけて遅刻したと思われるでしょうね」


「そういう事だ。ああそうだ。さっきの行為は感心したぞ。あれほどの美人の乳を揉む機会なんて、人生で一回あるか無いかだ。大事な思い出にしろよ」


「もう忘れました」


 もう一人は同じ学校の生徒だったけど、特に会話も無かった。

 俺の記憶だと、がっくり項垂うなだれていた奴だ。こういう時の外れは堪える。人生全てを否定された感じだ。

 それどころか俺はそのままズバリ『ハズレ』だからな。乾いた笑いも起きやしない。

 他にも項垂うなだれている連中はいたが、ここにはいない様だ。最後の社会見物でもするのだろう。どうせ記憶は持ち帰れないのにな。


 こうして俺達は案内されるがままに奇妙な部屋へと到達した。

 部屋は石造りの粗末な部屋。実用感は何もない。

 それどころか、床には真っ黒い靄のようなものが渦を描いて立ち昇っている。


「ここが帰還ゲートです」


「いやどう見ても怪しいんだが」


「ここから落ちれば、すぐにこちらの世界から意識は無くなります。後は目が覚めれば、全てを忘れて元の世界です。時間も経過してはいませんのでご安心ください」


 ご安心くださいって言われてもなあ……。


「ぐだぐだ考えたって仕方ないんだ。あたしは行くよ」


 そう言って、サッカー部の先輩は渦の中に飛び込むと、そのまま穴に飛び込んだように音もなく消えた。


「ではな。お互い覚えてはいないだろうが、ここで会ったのも何かの縁だ。達者でな」


 そう言ってスーツ姿の男。そしてもう一人も飛び込んだ。

 俺もここに立っていても仕方が無い。多少の未練もあったが、今更どうなるというのか。

 一つ小さな溜息を吐いて、俺も穴に飛び込んだ。


 何処までも墜ちていく感覚。だけど恐怖は無い。

 これで帰る。それで終わり。悔しいけど、結果は変わらない。みんな、俺の分まで頑張ってくれよな。

 さらば、一夜の夢よ――、





《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》





 あの日、意識を失いかけた頭の中に響いたあのアナウンスを、俺は一生忘れる事は無いだろう。

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