第2話

 当時、私も彼女も二十三歳だった。

 年末に体調を崩したという連絡は、私が新入社員として忙しく働いていた、出張先で受け取った携帯メールで知った。

 大晦日までの仕事、元旦の朝に迎えに行くから、いつもの初詣をしよう。そんな 当たり前に訪れると信じていた約束の機会は、彼女の突然の死で永遠に失われてしまった。


 元々、病弱な体を抱えていた彼女は、ただの風邪から肺炎を起こし、誰もが状況に追いつけずただ唖然としたまま、その短い生を閉じて行った。


 私たちは、それぞれ無事に就職し、生活の目途が立ったことから、初詣の後にお互いの実家に挨拶に行こうと計画を立てていた。


 私は、彼女の死に目にも会えなかった。


「で、なんで今頃になってそんな願いを請うのだ?」


 過去の記憶を反芻していると、少女は不思議な事を聞いてくる。


「…まるで私の願った内容を知っているかのような物言いですね」


「ずっと一緒にいたい、か。もういない人とどうやって寄り添うつもりなんだか」


 呆れたような口調で、彼女は確かにそう言った。


「…君は、何者だ?」ふと、ここは神域なのだ。と、心が反応する。


「お前に聞くが、ここでする願いとはどういうものだ?」


 私の問いかけには答えず、逆に聞かれる。


「願い…神様への願い、叶えてほしい願いじゃないんですか?」


「ここだけではなく、どこもかしこもたくさんの参拝客が、健康を、恋愛成就を、家内安全を、商売繁盛を、合格を、時には世界征服などという輩もいたが、本当にそんな願いが賽銭を代価にが叶えてくれると信じているのか?」


 実に意地悪そうな顔をして少女は話す。


「…別に、本気で他力本願のつもりもないんじゃないですか?自分の心に浮かぶ決意表明を神前に誓うといった側面もあると思いますが」


「まあそうだな。参拝は願掛けの儀式だ。「あなたのいう事をなんでも聞いてあげる」ってやつだ。こちらとしてはただ聞くだけで叶える義務もないのだけどな」


 そう言って楽しそうに笑う。こちら、か。


「あなたは神様なのですか?」正直に思った疑問を問いかける。


「そう見えるか?」


「あなたの顔が、もういない人の顔にそっくりなので」


「お前の記憶を使っているからな。まあそんなことはどうでも良い。今回赴いたのは、こちらの都合というものがあって、該当者にはきちんと説明する必要があったのでな」


 まったくきちんと説明されている気がしない。


「…私は何に該当するのですか?」


「願いの本質を理解し、愚直に信念を貫き、然るべき回数を経過した対象者に該当するという事だ」


「愚直な信念とは?」


「まだ独り者だろう?」


「…はい。回数とは?」


「二人が、互いに同じ人とずっと一緒にいたいと、ここで願った回数だ」

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