第20話、航路、遥かに

 ブリッジに広がる無限の宇宙……

 敵弾が飛んで来ないというものは、かくものんびりしたものだ。

 瞬く名も無き星たちの輝きを眺めながら、静かにキャプテンシートに身を委ねる。

「 こうして平和な空を航行している時が、一番、気分が安らぐな…… 」

 コンピュータによる自動航行……

 巡行レーダー・航行レーダーだけを自動監視させ、3Dレーダーは電源を落としてある。 モニターに規則正しく点滅するフリップを横目で見ながら、俺はタバコに火を付けた。


 解放軍の降伏調印は、トラスト号のキャビンにて、無事に終わった。 もう、ゲリラの襲撃に怯えなくても良い……

( こうして、エクスプレスに徹していたいモンだ。 一時は、どうなるかと思ったぜ )

 戦闘終了後、アリオンの首都 エルドラは、ファルトたちの手に戻った。 解放軍壊滅への功労も皇帝議会で認められ、アリオンは、晴れて銀河連邦の一国としての独立をも果たした。

( 得た信頼は、大きかったな )

 帝王を改め、ファルトは大公となり、アリオン自治銀河はアリオン公国と改名している。 帝国軍の庇護国家ではなく、君主制の独立国家になったのだ。 皇帝軍との友好関係も、親密かつ良好である。

( まあ、皇帝軍の辺境星域遠征には、それなりに協力しなくてはならんが… ファルトも満足だろう )

 今回の戦闘功労につき、俺は、アリオン公国議会より『 ナイト 』の称号を授かった。 単なるアリオン貴族ではなく、公室就きの『 インペリアル・ナイト 』だ。 辺境遠征に、公家の立場として参加しなくてはならない義務があるのは、俺の方か……?


 マータフがブリッジに入って来た。

「 こちらじゃったか 」

 俺は、もたれ掛っていたシートから少し顔を起こし、言った。

「 センサーの調子はどうだった? 」

 航宇士シートに座り、俺の方にシートを回転させると、マータフは答えた。

「 まあ、大丈夫じゃろう。 感度が鈍いようなので、オートを切って温度設定しておいた。 ニックが、サーモスイッチの電圧を上げる改造工事を、管理室でしてますわい 」

 タバコを口に持っていきながら、俺は言った。

「 野菜は、温度管理が命だからな。 右舷側は、太陽が当たる関係で、どうしても冷却ファンが稼動する。 電圧設定にしておいた方がいいかもな 」

 足を組みながら、マータフが言った。

「 集中管理の空調にでも換えますかな? アンタレスの中古屋に、大型クルーザー用のが売りに出ていましたぞ? 」

 俺は、紫煙を出しながら答えた。

「 設備投資するんなら、会計年度末の収支申告の後にしよう。 トラスト号は、有名になり過ぎた。 ナンにも儲けていないのに、やたら会計局から、申告書の提出時期を聞いて来るぞ? 」

「 ははは! おかげで、まっとうな運搬依頼が増えましたな。 冷蔵野菜の運搬は、定期化しそうだし… レトルト食品の方も、ルート配送網に加わってくれる企業が増えつつありますからな 」

「 アンタレスのベンチャー企業の件は、どうなった? 」

 タバコの灰を、灰皿に落としながら、俺は尋ねた。

 胸のポケットからPC端末を出し、メールを確認しながらマータフは答えた。

「 クエイド人の主食の、ライ米の苗だそうじゃ。 LLラゲッジ入りが、150ケースか… およそ、コンテナ15個分ですな 」

「 スペースは楽勝だが…… 」

「 そう、湿度管理ですな。 枯らしたらアウトじゃ。 ライ米の卸値価格上昇に、拍車を掛ける事になるかもしれんですぞ? 」

「 脅すなよ 」

 灰皿でタバコを揉み消しながら、俺は苦笑いをした。

 マータフが言った。

「 ライ米の主産地は、M―46よりアンタレス方面に寄った辺境の星域… 解放軍との闘いは終わったが、まだまだ辺境区では、異星域勢力と皇帝軍とのイザコザがあるからのう。 アリオン星域での安定収穫は、クエイドたちにとっても切実な願いだろうて 」

「 請けるとするか。 アンタレスから、アリオンまでか… う~ん、ざっと2週間の航路だな 」

 俺は、キャプテンシート脇のコンソールの上に置いてあった一通の手紙を手にしながら答えた。

 マータフが見とがめ、言った。

「 内務総省からの『 御優待 』は、受理されるのですかな? 」

 今回の『 功労 』に対し、現在の爵位を、伯爵から侯爵に格上げするとの通達だ。

 俺は、封筒をメインパネルの上に置きながら答えた。

「 別に、断る理由がないしな。 何か、堅苦しっくて、ヤだが… 」

 マータフが立ち上がり、メインパネルに近寄ると、上に置いた封筒を手にして言った。

「 バルゼー元帥からは、盛んに、軍籍を戻すよう、再三、打診があるようですな… 着任の際の階級は、第1連合艦隊 本営主計参謀の、特務大佐だそうじゃないですか。 少将と、同位ですぞ? 」

 封筒を開き、ぶ厚い高級紙にプリントされたメールを読む、マータフ。

「 カンベンしてくれよ…! せっかく、エクスプレスの仕事が増えて来たんだ。 ソフィーが航宇士になる時まで、トラスト号は残しておくつもりだ 」

 マータフは、笑いながら言った。

「 手堅い、食料品の配送業務で… あの、おてんばソフィーが満足しますかな? 」

 到底、大人しくしている姿は想像出来ないが、まずは一般貨物から手慣らしした方がいいだろう。 部下に指示をして操船するより、自分の手で動かした方が、船に愛着も湧く。 戦場ではないから、危険も無いしな……


 航行レーダーに、フリップが現れた。 連動させている解析機のモニターに、自動解析の結果が表示される。 …どうやら、ファルコン号だ。

「 お? ジーナが来たぞ。 確か、辺境区の星域に、皇帝軍の特使として派遣されていたはずだ。 任務終了の帰還途中かな? 」

 マータフから返されたメールを封筒に入れつつ、俺は言った。

 無線室のカルバートから、内線が入る。

『 キャプテン、ファンの女性から、無線連絡が入っていますよ? 』

 失礼な言い方、するな。 ジーナは今や、大公陛下の妹姫であらせられるぞ? 本人は全然、そんな気、なさそうだけど……

 

 無線マイクの音声をレスモードに切り替えた途端、ジーナの声がスピーカから流れた。

『 キ、キャプテンG、エライ事になった…! 』

 …相変わらず単刀直入だな、キミは。 もう少し、国家元首の妹らしくした方がいいぞ? まずは、挨拶からだろうが。

 俺は、タバコに火を付けながら尋ねた。

「 どうした? 異星域の王子様辺りから、求婚でもされたのか?」

『 …ナンで、分かった? 』


 マジかよ……


『 M―131星雲にあるB256星団の、首長の息子からだが… どうしたらいい? ヘタに断ると、皇帝軍との対立を生じかねない 』

 断る気、満載の言い方である。 ジーナには、『 その気 』は無いらしい。

 俺は言った。

「 聞いた事も無い星団だな… でも、首長国の王妃になれるんだぞ? 少しは考えたらどうだ? 」

『 私に、その気は無い 』

「 性格の問題か? 」

『 違う 』

「 一夫多妻制だとか 」

『 敬謙な国民性だ 』

「 じゃ、イイじゃないか 」

『 アタマが、2つあるんだぞ? 』

「 …… 」

 オリオンの向こう… M―105星雲には、腕が3本ある種族がいるが…… 頭が、2つとは恐れ入った。 マータフも、苦笑いしている。

 俺は聞いた。

「 それって、性格が違うとか? 」

『 兄と弟だ 』

「 …… 」

 意味、分かんない。 ドッチと結婚すんの?

 俺は、コントロールパネルの上に、両足を組んで置きながら言った。

「 器用な種族がいたモンだな。 首長ってコトは… え~と… 兄に、弟が居候してるって事だな 」

『 いや、首長は弟だ 』

 …何と、その兄貴は、出来損ないか? 最悪だな。 心中、お察し申し上げますわ……

『 何か、良い知恵を貸してくれ! 』

 実は、同性愛者だ、とでも言ってみたら?

「 う~む… 困ったな。 恋愛事は苦手だ 」

 出来れば、関わり合いたくない。

『 そこを、何とか、ひとつ…! 』

 ビッグスが、ブリッジに駆け込んで来て、言った。

「 キャプテン! 大変です。 またトイレットペーパーがありませんっ! 」

 またか、てめえ! フリチンで、船内をうろつくんじゃねえっ!

 マータフが言った。

「 前回のように、チラシを揉んで使えばいいだろう? ウエスト・ポートの港まで、あと2日だ 」

「 チラシは今回、資源として排出したんで、無いんだ…! 」

 拳を握り締め、プルプルと震えながら訴えるビッグス。


 ……ジーナ。

 悪いが、イレットペーパーを1ダースほど、貰う事になるかもしれん……

 

 突然、船倉辺りから、ドドーンという音が響いた。 ブリッジ内の電灯が一瞬、薄暗くなる。

「 何だっ? 」

 俺はシートから立ち上がり、メインパネルで異常個所を調べた。 電圧管理室のランプが点滅している。

「 ニックだなっ? 何を、しでかしたっ? 」

 内線ブザーが鳴り、カルバートの声が聞こえて来た。

『 ゴホ、ゴホッ…! こちら電圧管理室。 ニックが制御パネルの操作を誤った為、異常高圧の負荷が油圧モーターに掛かり、バルブが吹き飛びました…! 』

「 アホがあぁ~~っ! 」

 マータフが、内線マイクに近寄り、言った。

「 ケガは、無いのかっ? 」

『 自慢の金髪が… 強烈な、ニグロサクソン系のドレッドヘアーになっています。 ゴホンッ…! 電圧管理は、しばらくマニュアルでするしかありませんね 』

 マイクを通して、全てを傍聴していたらしいジーナが、ポツリと言った。

『 貴殿も… 大変だな…… 』

 俺は、長いため息をついて答えた。

「 退屈しないぜ、全く…! 」


 ブリッジ左舷の窓に、M―177星雲の第2惑星 キースが、薄赤く輝いていた。



                   銀河エクスプレス 2 『 エルドラ 』/ 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀河エクスプレス 2『 アリオン 』 夏川 俊 @natukawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ