第19話『 歴史的 』調印
「 こちら、グランフォードだ。 第1艦隊司令のシュタインを拘束した。 今現在、その身柄は、武装戦線軍管理下にある 」
トラスト号に戻った俺は、ブリッジに着くや否や、ガイドチャンネルを通じ、バウアーの本営に連絡を取った。 作戦中の為、無線封鎖をしている関係上、携帯は使えない。 まあ、本営宛でも、バウアーには伝わるだろう。
ブリッジの後方窓から入り口付近を見ると、ホールの玄関辺りにいたはずの解放軍兵士たちがいない。 シュタインがトラスト号の船内に拘束された事を確認し、早速、逃げ出したのだろう。 おそらく周辺の部隊にも、司令官捕虜の情報は広がっている事と思われる。
無線のマイクを置き、傍らにいたソフィーを抱き締めた。
「 ソフィー…! よく来てくれた! 恩に着るぜ……! 」
少し照れながら、ソフィーは答えた。
「 えへっ…! ちょっと、メチャしちゃった。 でも、オジちゃんだったら、行ったでしょ? 」
救出相手にもよるがな……
俺はソフィーの頭を、クシャクシャと撫でながら答えた。
「 もう立派な、トラスト号の船員だな 」
満面の笑みを浮かべる、ソフィー。
…今回だけは、マジで助けられた。
ソフィーがいなかったら今頃、俺たちは全員、オダブツだったところだ。
ソフィーは、横にいたソネットを指差し、言った。
「 ソネットが、レーダー見ててくれたんだよ? 低空航行って、風向きがよく変わって結構、難しいんだね。 エンジン出力と推進力のバランスが分からなくて、どうしても船体が傾いちゃうの。 建物なんかの障害物が、避けれなくて… だから、先の障害物を予知して、マニュアルで舵取りしたんだよ? 」
オートじゃなく、マニュアルだと……? それって結構、ムズイぞ? それに出力だの推進力だの… いっぱしの事、言うじゃないか。 だいたい、エンジン・データはドコから取得したんだ……?
俺の疑問を払拭するが如く、ソフィーは続けた。
「 オジちゃんが、あたし宛に残しておいてくれたPCファイル、ありがとうね。 最初、エンジンの掛け方も分かんなくて… 説明書あるかな? と思ってファイルを探したの 」
何と、あのファイルを見つけたのか……!
とても、10歳の女の子の行動とは思えん。 さすが、元帥の孫だぜ…!
俺は、小さなため息をつきながら言った。
「 大っきくなったら操船学校に入って、船員資格を取りな。 目指すは、1等航宇士だ。 操船学校を卒業する頃になっても、まだ、おじいちゃんの『 シリウス 』じゃなく、俺のトラスト号に乗りたいって言うんだったら… その時は、熱烈歓迎するぜ…! 」
「 ヤッタね☆ 」
右手の親指を立て、ウインクして見せるソフィー。
操船学校は、15歳から入学出来る。
4年間の寄宿生活を経れば、晴れて卒業だ。 船には乗れるが、航宇士になる為には、その後、更に2年の航宇士課程の院生カリキュラムが必要となる。 最短、6年で、2等航宇士だ。 実地経験1年で昇級試験を受け、合格すれば1等航宇士となるが、はたして、その頃まで、俺はエクスプレスを続けていられるのだろうか……?
今回の件で、またトラスト号は目立ち過ぎた。
ヤバそうだが報酬バッチリ☆ の仕事は、請け難くくなるだろうな。
( ベガ辺りで、地道に食品の運搬でもするか…… )
ケガの応急処置をしたファルトが、ブリッジにやって来た。
「 ソネット! 」
彼女を抱き締め、愛おしそうに頬ずりをするファルト。 ソネットを抱き締めたまま、俺を見やり、言った。
「 キャプテンG…! 今回の恩は、私は一生、忘れない…! 永遠の別れと覚悟したソネットを、こうして抱き寄せる事が出来るなんて…… まるで、夢のようだ 」
俺は言った。
「 だから… 成り行きだって、何度も言ってんだろ? くすぐったいぜ 」
ファルトが言った。
「 君のような友を持てた事は、私の… 生涯の誇りだ…! 」
勝手に、友に… まあ、いいか。
俺は言った。
「 まだまだ、終わったワケじゃないぜ? 依然として戦闘状況は… 」
そう言った俺の言葉を制するかのように、無線マイクから音声が流れた。
『 第2空挺師団 第1部隊、13区 フィアットホテル制圧! 』
『 こちら、港湾センターの第3師団 Aレンジャー。 座標203にあった敵 野戦砲台を占拠! センター屋上の、敵 通信施設も破壊! 』
『 作戦本部、聞こえるか? 我が第1師団は、12区にて敵の防護陣地を突破し、7区からのルートによる橋頭堡を確保! これより第3師団と合流、別棟の前線司令部に総攻撃を開始する! 』
…結構、華々しいじゃねえか。
ガイドチャンネルからの交信らしい。
敵の拠点情報に従い、兵力を集中した結果、皇帝軍の戦況は好転に転じたと見える。 こう着状態から脱却し、攻撃中だ。
続報が入電する。
『 先遣部隊より無電! 第1艦隊司令 ベル・フォン・シュタイン中将を拘束! 繰り返す、シュタイン中将を拘束した! 』
…おっ! どうやら、俺の第1報は受理されたと見えるな。 しかし… いつから俺たちは『 先遣部隊 』になったんだ……? しかも、『 部隊 』じゃないし。
マイクからは、続報が次々に入電した。
『 敵 第1艦隊 陸戦部隊長、以前、行方不明! 敵の統率は、乱れ始めている。 各部隊、一斉に奮起せよ! 』
バウアー直属の本営からだな? 陸戦部隊長は、俺たちの特攻艦の船倉に閉じ込められとるがな…
『 M―177銀河派遣軍 主計参謀も行方不明! 敵の組織的反撃は、皆無と推定される。 部隊、各個に展開せよ! 』
…そいつも、船倉だ。 ちなみに、作戦本部長の中佐もな。
( これは、追伸せねばなるまい )
俺は、マイクを取った。
「 こちら、グランフォード。 作戦本部長の中佐と、M―177銀河派遣軍 主計参謀長の少佐、第1艦隊 陸戦部隊長と、航空隊の上級士官を拘束している。 繰り返す。 陸戦部隊長と主計参謀長らの身柄は、今や、武装戦線軍 管理下にある 」
そろそろ、各戦域の解放軍兵士らにも、情報が伝わる頃だろう。 寄せ集めの、腰抜け集団共だ。 指揮官らが捕虜になれば、一目散に逃げ出すに違いない。
はたして、ガイドチャンネルからは、新たな続報が続いた。
『 こちら、第3師団。 司令部内の敵が、攻撃開始直後、続々と投降中! 敗残兵は、13区を放棄、敗走した! 我が軍は、投降兵を収容する為、戦闘を一時、中断する 』
そらきた…!
思った通りだ。 しかも敗走したのはわずかで、ほとんどがイキナリ降伏かよ。 情けないのう……
戦闘は、皇帝軍の圧勝で終結した。
当初は陸戦隊どうしの長期戦の様相を呈していたが、主要拠点の情報が漏洩して集中攻撃を受け、その上、指揮官らが捕虜となってしまった解放軍は、総崩れとなった。
( 物量を誇る皇帝軍の力も加味されていたとは思うが、戦闘終息への移行は、予想を遥かに凌ぐ早さだったな )
ファルト配下の勇敢なる騎士たちの活躍が、勝利への道筋に大いに貢献したと言っていいだろう。 武装戦線軍あってこそ、の勝利だった……
特攻艦をトラスト号に収容し、センタービルを離れる頃、無線封鎖を解除したバウアーから連絡が入った。
『 お見事でしたな、グランフォード殿! 敵の指揮官らを拘束するとは、さすがです 』
俺は、メインパネル前のキャプテンシートに座り、タバコに火を付けながら答えた。
「 手柄は、ファルトたちのものだ。 突撃した騎士たちの半数は戦死したよ…! 」
『 …ファルトたちの活躍は、バルゼー閣下に、あまねく報告致しました。 アリオン独立の趣旨も 』
煙を、天井に向かって吹きつつ、俺は言った。
「 ヤツも、これからは皇帝軍派に推移する事だろう。 …まあ、独立とは言え、同盟国を誕生させるのと同じ事だ。 皇帝軍にとっても、力になる存在になり得る… と、俺は思うがねぇ? 」
政治的な事は、俺の専門外だ。 後はバルゼーに任せるが、ファルトの愛国心を想うに、独立させてやりたいと考える俺は、やはり甘いのだろうか……
バウアーは言った。
『 騎士たちの犠牲は、尊く影響する事でしょう。 閣下は、忠義に傾倒されていらっしゃいますから 』
まあ、良い方向に向いていく事を祈念するのみだ。
「 ところで、特攻艦の船倉にいるボンクラ共はどうする? ファルトは、皇帝軍に引き渡すと言っているが? 」
『 それです。 …グランフォード殿、一つ、お願いしても宜しいでしょうか? 』
…何だ? 解放軍本営まで連れて行けってか?
撃沈されるわっ…!
もうトラスト号は、解放軍の連中には、皇帝軍配下の艦船と認識されているも同然だ。
『 実は、先程、解放軍本営から無電が入りました。 停戦協定の提示です 』
「 ほう…! それは、良い事だな 」
傍らの灰皿にタバコの灰を落としながら、俺は答えた。
エルドラでの負け戦は、本営にも伝わったらしい。 早速、手を上げて来たか……
主力である第1艦隊を失った事は、解放軍にとって、かなりのダメージだ。
分が悪くなった時点での停戦要求は却下される場合が多いが、長引く戦闘は、皇帝軍とっても好ましくない状況のはずである。 停戦要求は、皇帝軍にとっても歓迎したいところだろう。 しかも、今なら受け入れるか否かの選択権は、こちら側にあり、この時点での停戦協議は、有利に事を運べる可能性がある。
バウアーは言った。
『 間もなく、先方の全権特使が来ますが、こちらの艦船で協議しようにも、あまりに事が急過ぎまして… なにせ、つい先程まで臨戦態勢でしたので 』
「 何? もう来るってか? 」
連中は、相当にアセっているらしい。
バウアーが追伸した。
『 各艦艇の艦内には、魚雷や爆弾などの危険物が、無造作にコロがったままです。 空母に至っては、爆装した艦載機が駐機場ピッチのエレベーター前まで溢れている状況でして…… そこで、大変に申し訳ないお願いなのですが… トラスト号のキャビンを、お貸し頂けないものかと思いまして 』
…なっ…! 民間の船で、停戦協議をしようってか? 気の合った仲間と、カードゲームするんじゃないんだぞ? 大戦を左右する軍事協定を協議するのに、民間船のキャビンでヤル気かよ……!
『 収容した捕虜の解放についても協議されるかと思いますが、なにせ予想以上の大人数でして… ハッキリ言って、艦内に収容しきれません。 協議の進展次第では、早期に放出したい、と言うのが本音です 』
俺は答えた。
「 民間船での軍事協議開催なんて… そんなん、前例が無いぞ。 いいのか? 」
『 バルゼー閣下は、了承されました。 グランフォード殿の承認次第です 』
…マジかよ。
「 ちょっと待ってくれ 」
俺は、マイク部分を手で被い、内線ボタンを押してカルバートを呼んだ。
「 カルバート、キャビンの中はどうなってる? 」
『 はあ? キャビン… ですか? 確か、物置になっているはずですが…… 何か? 』
「 解放軍のお偉いさんたちとバウアーたちが、停戦協議の会場に使いたいそうだ 」
『 …… 』
しばらく無言の後、カルバートは言った。
『 …冗談でしょう? 』
「 マジだ 」
『 違法改造中のサブホイールや… 運輸管制局に、無届けでボアアップ中の補正シリンダーはどうします? 』
「 すぐに移動しろ 」
『 ベガの税関からくすねた、アンタレス産のウイスキーは? 』
「 それも移動だ 」
『 ビッグスの、エロ本コレクションはどうします? 』
「 捨てろ! 」
バウアーが言った。
『 グランフォード殿! えらい事になりました! 』
…コッチも結構、エライ事になっとる。
「 どうした? 停戦協議は中止か? 」
『 解放軍が、降伏しましたっ! 』
「 …… 」
俺は一瞬、バウアーが、何を言っているのか分からなかった。 停戦後の休戦を飛び越え、降伏と来た。
バウアーは続けた。
『 たった今です! 解放軍本営より、伝達がありました! ほぼ、無条件降伏のようです。 これは… 今すぐにでも、協議した方が良いでしょう! 連中の気が変わらないうちに、文書調印まで、何としても漕ぎ付けたいものです! 』
…ついさっきまで、エロ本が、うず高く積まれていた部屋で降伏調印、やるの…?
( これは一大事だ。 歴史の教科書に載っちまう…! )
俺は、しばし、無線マイクを握り締めたまま、呆然としていた……
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