ため息一つ

「ダンジョンの下層は、高ランクの冒険者にとっても危険な場所です。くれぐれも気をつけてくださいね」

「ああ、わかってる。必ず帰るから、セリーナはゆったり構えて待ってて」

「……わかりました。のんきにお茶でも飲んで、あくびしながら待ってます」

「うん、それでよし」


 玄関先にて、気丈な笑顔で送り出してくれるセリーナに、俺はそっと口づける。周りには他のメンツもいるのだが、そんなことは気にしない。これくらいのことをいちいち気にする奴は……。


「ふわわ……っ。き、キスです……っ」


 あ、いるんだった。カナリアラってまだ十二歳だもんな……。小学生か中学生にはまだ刺激が強すぎたか。


「この子、何を慌ててるのかしら?」

「ただ唇同士をくっつけてるだけじゃない」

「人間ってよくわからないわね」

「これくらい、ちょっと仲良ければ誰でもするもんじゃないの?」


 イヴィラとラディアの反応もいかがなものかとは思うな……。人間じゃないから、多少の感性の違いはもちろんあるんだろうが……。ってか、ちょっと仲良ければキスをするって、どんな環境で育ったんだろうな? 聞いてみたいけど、聞かない方がいいような気もする。

 この2人のことはさておき、『ここは空気を読んで身を隠さないと』みたいな挙動でワタワタしているカナリアラには、一言添えておく。


「無神経なことして悪かった。まぁ、うちではこれくらいのことは結構普通だから、適当に見て見ぬフリしておいてくれよ」

「あ、は、はい……。あたしは何も見ておりません……」


 カナリアラが両手で目を覆う。


「……それは見て見ぬフリとはまた違うような……。まぁ、いいや。俺がいない間、セリーナのこと、助けてやってくれよ」

「は、はい! 承知です! 掃除洗濯料理、お任せください!」

「おう。任せた」


 最後、もう一人残されるソラはというと……一応見送りには来てくれるのだが、退屈そうにそっぽ向いているだけ。


「ソラ、言い忘れてたけど、絵を教えてくれるかもしれない人が見つかった。帰ってきたら紹介するから、待ってて」


 その一言で、ソラがぴくりと眉を動かす。


「……それ、ラウルが帰ってこないとダメなの? あなたの帰りは別に待ってないのだけど……」

「おいおい……。ま、もしかしたら、俺より先にこっち来るかもな。そのときは仲良くしてやってくれよ」


 イルエも一緒にダンジョンに潜るという話だったが、正直それは足手まといになるだけだろう。そこそこの回復魔法しか使えないメンバーを守る余裕はないかもしれない。いっそイルエを置いていくのも手だ。


「……よくわからないけど、相手次第」

「それもそうか」


 ソラは俺の方を見ない。ただ、俺たちが家を出て、扉を閉める直前。


「ちゃんと帰ってきなさいよ……」


 ボソリと呟くのが聞こえる。聞こえなかったふりをして、俺はそのまま扉を閉めた。

 家を出て、俺、スラミ、リナリス、イヴィラ、そしてラディアの五人で、ギルド方面へと向かう。時刻としては、午前七時から八時くらいだろうか。夏の空は澄み渡り、今日もかなり暑くなるだろうことを予測させる。


「さて、とりあえず、ダンジョンに潜るために少し買い出しするか。ギルド周辺に、冒険者向けに開店の早い店がある」

「相変わらず、あの娘は素直じゃないな」


 俺の言葉に、リナリスは全く別の話を展開させる。


「おい、あえて俺が聞かなかったふりをしていたのに、話を戻すなよ」

「あえて戻してみたくなるのがわたしだ」

「どういう精神だよ。意地悪か」

「本人には指摘しない程度の優しさはあるさ」

「それは結構」

「しかし、ラウルはソラをどうするつもりなんだ? 随分と可愛がっているみたいだが、側室として迎えるのか?」

「それはソラ次第だよ。あいつ、まだまだ不安定なところあるからさ。ちゃんと落ち着いて色々考えられるようになってから、先のことも、俺とのことも考えればいい」

「……余裕だな」

「俺にはセリーナがいるもんで」

「ふん。……家で待つことしか出来ない女では、いずれ関係に溝ができると思うがな」

「……怖いこと言うなよ。そういう形で夫婦してる冒険者なんていくらでもいるだろ?」

「ああ、そうだ。そして、男は背中を預けて戦える女に次第に惹かれていき、女は夫の心配ばかりすることに疲れ、やがて二人は別れる、というのもよくある話だ」

「……俺たちは違うぞ」

「一年後が楽しみだなぁ」


 リナリスが悪魔的な笑みを浮かべる。……本当に不安になるから、その笑い方止めろ……。

 そこで、スラミがのほほんと俺を励ましてくれる。


「大丈夫だよー。セリーナは強い人だし、ラウルのこと大好きだもん。二人なら、これからもずっと幸せでいられる。セリーナも言ってたよ。『障害がある恋というのも燃えるものがありますね』って。リナリスがちょっかいだすと、逆にセリーナがやる気になっちゃうんじゃないかなー」

「……ちっ。炎属性は何かと張り合おうとするから面倒だ」


 そういうところ、あるかもなぁ。だったら平気かな?


「ありがと、スラミ。俺、セリーナと幸せになるよ。もちろん、スラミも、他の皆も一緒にな」


 スラミの言葉に励まされつつ、冒険者用のお店で食料などを調達。

 それからまた少し歩き、俺たちはギルドへと到着。

 ギルドに入ると、まだ開店からさほど時間も経ってないのに、キューリアがギルドの受付で文句を言っていた。イルエは所在なさげに俯いている。


「私はAランク以上の冒険者を三人集めろと言ったのだ! 何故まだ用意できていない? ギルドには無能しかいないのか!?」


 対応しているのはエニタだった。もうちょっと早く来てやるべきだったかな、と反省。


「おい、そこのむっつり性騎士」


 俺が声をかけると、キューリアが振り返る。


「貴様……! 昨日の!」

「昨日の、なんだっけ? ん? あー、ごめん、ちょっと昨日何があったか覚えてないんだ。えっと、あんた、誰だっけ? 昨日何があったかを教えてくれたら、思い出せると思うんだけどなぁ」


 挑発してやると、キューリアの顔が歪み、獣の様相を呈する。


「……殺す」


 キューリアが剣の柄に手をかける。が、そこで動きを止めた。

 リナリスが弓を構えたわけではなく……。


「何こいつ?」

「偉そうな人間ね」

「なんだか嫌な匂いがする」

「光属性っていうのかしら?」

「っていうか、殺気を放ってたわ」

「殺しに来る相手は、殺し返していい」

「ママはそう言っていたわね」

「ってことは」

「こいつ、殺してもいいのね?」


 イヴィラとラディアが、いつの間にやらキューリアの首に手をかけている。爪も伸びていて、ちょっと力を込めればキューリアの首が飛びそうだ。


「待て、二人とも。そいつは殺しちゃダメだ」

「何で?」

「殺しに来る相手は敵でしょう?」

「敵は殺さないと、逆にこっちが殺されるのよ?」

「そんなこともわからないなんて、ラウルって意外とバカね」

「……散々な言われようだな」


 キューリアと関わるとろくなことがない。わかっちゃいたが、ため息の一つも吐きたくなるもんだね。

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異世界で避妊具を売ったらバカ売れして億万長者になった、という話なんだけど、それ以前にも以後にも色々あったんだ。 春一 @natsuame

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