団らん

 その後、イルエとキューリアがどうなったのかはわからない。戻って来ることはなかったので、おそらく上手くいったのだろうと思う。

 そして、翌朝。

 俺とセリーナは、夜明け頃に薬屋を出て、一度帰宅。


「あ、お帰りー」


 出迎えてくれたのはスラミ。俺達の帰りをずっと待っていたのか、玄関のすぐ近くで丸くなって寝ていた。人間だったら床の堅さで体を痛めそうだが、元がスライムなので問題ないようだ。


「ただいま。遅くなって悪かった」

「本当だよー。もっと早く帰ってきてよねー」


 スラミが起きあがり、俺に抱きついてくる。小柄なのに胸だけはポヨンポヨンで、全神経がそこに集中してしまいそうになる。

 俺の心情を察してか、セリーナがコホンと咳払い。


「……朝食にしましょうか。ラウル、一緒に作りましょう」

「ああ……そうだな」

「ボクも手伝うよっ。皆でやった方が楽しいでしょ?」


 スラミが無邪気に割って入り、セリーナも毒気を抜かれたように表情を和ませる。スラミはいつも場を和ませてくれるな。本当にありがたい。


「ところでセリーナ、ピアス穴を開けたの? 大丈夫? 痛くない?」

「ええ、ピアス穴を開けました。まだ痛みはありますが、たいしたことはありません。大丈夫です」

「回復させないの?」

「ええ。自然治癒に任せます」

「ふぅん……? なんで?」

「たいした意味はありませんよ。この痛みもまた、わたくしにとっては大切な思い出ということです」

「そうなんだ……」


 スラミは首を傾げているが、それ以上は訊かなかった。スラミからすると、治せるのに治さないというのは不思議なことらしい。こういう細かいところでは、人間とモンスターの違いは出てくるよな。

 三人で朝食を作っていると、次にリナリスがリビングへやってくる。朝は薄いワンピースしか着ていないうえ、それもかなりはだけているから随分と扇情的だ。わざとなんだろうな、とはわかっている。


「……ようやく帰ったか。ご機嫌取りも大変だな」

「ご機嫌取りじゃなくて単なる夜のデートだよ。大変じゃぁないさ」

「そういうことにしておいてやろう。本人の前では愚痴も言いづらいだろうからな。セリーナがいないところで、いつものようにまた聞いてやる」

「いつもそんなことしてないだろうが。妙な既成事実を作るな」

「ふん。そういうことにしておいてやろう」


 意味深に微笑むリナリスは、特に俺達を手伝うことなくリビングのテーブルにつく。ほったらかしにしたんだからもてなせ、という態度で、特に異論はない。

 なお、セリーナもリナリスの挑発には慣れているので、その発言に対して思うところはない様子……だよね? どこか不信そうに俺を見ているのは気のせいだと信じる。

 それから少しして、パタパタと慌てた足音が響き、カナリアラが二階から下りてくる。


「す、すみません! 居候の身でありながら、朝食の準備も何もせずに寝坊してしまいました!」


 やってきたカナリアラは……よほど慌てていたのかなんなのか、下着姿だった。

 下着といっても見た目はほぼ布で、セクシーな感じではないのだけれど、他人に安易に晒すものではない。俺が固まっていると、セリーナが俺の尻を服の上からムキュッと掴む。痛い……。


「あたしも手伝います!」

「カナリアラ。まずは服を着てください。慌てる必要はありませんので」

「ふぇ?」


 セリーナの指摘でカナリアラが自分の格好を確認し、一気に赤面。


「は、はうぁああ!?」


 耳まで赤くしてから、カナリアラが急いでリビングを出て行く。階段を駆け上がり、部屋のドアが閉まる音が聞こえた。

 この家の他のメンツは下着を見られるくらいでいちいち慌てないので、あの反応は新鮮だ。恥じらう女の子っていいね。……待て、違う。俺はロリコンではない。ただ単に可愛いものを見て和んでいるだけなんだ。それ以上の意味などないんだ。

 ムキュ。

 今度は、セリーナに「前」を掴まれた。


「……反応はしていないようですね」

「……あんな幼い子にまで欲情はしないよ」

「なら、いいのですが」


 そして、リナリスが首を傾げて呟く。


「あれは向こうが勝手にやってきただけだから、ラウルが手を出したわけではない、か。賭けはまだ続行だ。しかし……天然であの格好で下りてくるのは、ある意味才能だな。あの性格を何かに利用できるか……?」


 リナリスが何かを企んでいる顔をしているが、下手なことは止めてくれ。

 カナリアラが戻ってくるより先に、ソラがゆったりとした足取りでリビングにやってくる。特に露出もない普段通りの格好で、ソラを見るときが一番落ち着くかもしれない。

 ソラはセリーナの耳を見て、首を傾げる。


「……ピアス? ラウル、女性の耳に穴を開ける特殊な趣味にでも目覚めた?」

「おい、真っ先にそんな可能性を思いつくのは止めてくれ。俺だって好きでやったわけじゃない」

「でも、あなたの仕業なのね? ひどいわー」

「ラウルはひどくありませんよ。わたくしがお願いして、穴を開けていただいただけですから」

「ふぅん……。そうなんだ」


 ソラはそれきり興味をなくし、テーブルについてけだるそうに頬杖をつく。そして、これまたあまり興味はなさそうにぼやく。


「今日は朝から賑やかだったわね。ラウル、カナリアラに何かしたの?」

「だから、なんで俺が何かした前提なんだ」

「この家で何か起きたら、たいていの原因はラウルでしょ」

「そんなことは……ないぞ」


 ない、よな? 別に毎回俺が何かをしでかすわけじゃない……はずだ。そりゃ、俺に関わった女性がこの家に集まることはあるし、それがちょっとした騒ぎの原因になることはあるかもしれない。最近ではイヴィラ達関連で何かしら対応することもあった。

 だとしても、全部が全部、俺が発端じゃないはず。……だよね?


「お、お待たせ、しました……」


 俺の思案を遮り、服を着直したカナリアラが戻ってくる。俺の方を見ないのは、十二歳的には非常に恥ずかしかったからだろう。


「た、大変お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません……。夏の夜は寝苦しくて、気づいたら服を脱いでしまっていることも多くて……」

「ん? もしかして、全裸で下りてきたの?」


 ソラが怪訝そうに尋ねて、カナリアラがブンブンと首を横に振る。


「さ、流石にそんなことはしません! 下着は着ておりました!」

「なるほどね。だからあんなにバタバタしてたわけか」

「お騒がせして申し訳ありません……」

「……カナリアラ、恐縮しすぎ。それくらいで怒る人はここにいない」

「そうでしたか……。ラウルさんの周りには、素敵な方が集まるのですね」

「……私は別に素敵でもなんでもないけど」

「そんなことはありません。昨夜は、環境が変わってなかなか寝付けなかったあたしと、遅くまでお話してくださったじゃないですか」

「……別に、それくらいは誰だってできるでしょ」


 珍しくソラが少し照れた様子。今まで、ソラがあえて誰かに気を遣うことはほとんどなかった。年齢的にも立場的にも自分より弱い者が現れて、意識が変わったのかもしれない。

 カナリアラも、ソラが形式上は奴隷であっても、実質は通常の家族の一員だということを受け入れてくれている。奴隷というだけで蔑む人も多い中で、カナリアラは柔軟だ。この二人は相性がいいのかもしれない。


「誰でもできること……と思えるのは、素敵なことだと思います」


 カナリアラが感慨深く呟いて、その苦労が察せられた。周りに気を遣って生活してきたんだろうな。たぶん、親に対しても。


「ただいまー!」

「お腹空いた! 血を飲ませて!」


 元気一杯なイヴィラとラディアが帰ってくる。近頃は、夜中から明け方にかけて二人で外出し、朝食を食べに戻ってから俺やリナリスにくっついて出かけるという感じ。

 二人が、朝食準備中の俺を引っ張る。俺がいなくなって空いたスペースにカナリアラが入り込み、セリーナを手伝う。

 そして、俺の方は、吸血娘達に両腕を噛まれ血を吸われる。吸血って結構気持ちいいから悪くないんだけど、この後って性欲高まるから、そういうことをできるタイミングの方がありがたいとは思う。

 ちなみに、イヴィラ達が血を吸うのは、俺かセリーナの分。俺からするとセリーナの血の方が美味しそうだが、俺の血の方が好みらしい。味が少し濃いのだとか。でも、気分に応じてセリーナの血を飲むこともあり、そういうときには……セリーナの積極性が増すのでありがたい。

 俺の血を吸い終わった後、二人がふとカナリアラに気づく。


「あれ? 誰か知らない子がいる」

「あの子、もしかして処女じゃない?」

「あ、そうかも。どんな味かしら?」

「味見してみたいわ」

「処女の血は美味しいっていうわね」

「気になる……」


 イヴィラ達の熱い視線に、カナリアラが怯む。


「あ、え? 血、が欲しいのですか……? お二人、例の吸血鬼さん姉妹ですよね……? ええと……」


 どうしましょう? とカナリアラが俺に視線をよこす。


「カナリアラの血はダメだ。たぶん、良くないことになる」


 リナリスが暴走したときのことを考えると、カナリアラもどうなるかわからない。カナリアラが高ぶって、俺に助けを求めるとかなったら……個人的には嬉しいかもしれないが、倫理的に宜しくない。


「えー? いいじゃん、血なんてほっとけばまた元に戻るんだし」

「ちょっと舐めるだけ」

「先っぽだけだから」

「ね、いいでしょ?」

「だから、ダメだって。我慢しろ」

「……この男、吸血鬼に対する理解が足りないわね」

「こっちがどれだけ処女の血に興味津々なのかわかってない」


 ……こいつらの発言、女子だからいいけど、これが男だったらかなり変態だったな。

 さておき。

 食い下がる二人を、俺がどうにかこうにか説得し、カナリアラの血を諦めさせる。そうするうちに朝食も完成し、皆で食卓を囲んだ。

 たまに賑やかすぎるし、色々と苦労も増えたけれど、この雰囲気はやっぱり好きだな。

 皆に元気をもらって……しばらくはダンジョン探索に励むことになるだろう。下層に行くのはかなり危険だし、気合いを入れていこう。

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