第6話  討伐令③


 「団長!魔物です!!」


 ナタリタ帝国の騎士団は全部で12隊ある。その全騎士団を総括する騎士団長、ハワード・ウォールは青ざめた。なぜ頻繁に魔物が出現するのか、魔物は秋になると活動を活発化させるが冬になるとぱったりと減る…はずなのに。


 「クラスは?」


 「Aランクです!」


 「直ちに、第2隊と第3隊を!第1隊は援助要請に備えるように!援助物資もそちらに頼む!」


 「はいっ!!」


 弱音は捨て、すぐに団長の責務に戻る。ここでいくら弱音を吐いたところで魔物は立ち去らない。彼らはそこらにいる動物と同じだ。ただ、刺激するとそこらの動物より強いというだけで…


 ハワードは立ち上がりマントを羽織る。この帝国の騎士をまとめる団長にしか羽織れないものだ。若くして団長に指名された彼は今年で24になる。就任してからは3年。彼の就任には上層部がかなり揉めた。だから手を抜くわけにはいかない、失敗するわけにはいかない。作戦を脳内で練る。種類とその特性が分かればよいのだが、帝国では魔物の存在が新しいものであり、解明が出来ていない。魔物は80年前までは神話の中に出てくるような遠い存在だった。彼は剣を手に取る。何度も戦場を共にした大切なものだ。それを腰に装着すると彼は執務室の戸を勢い良く開け、準備する場がなく通路で支度をする隊士たちに声をかけてゆく。


 「全員、迅速かつ抜かりないように!圧倒的な力の前に隙を見せてはいけない!」


 彼の声に隊士たちは野太い声で返事をする。


**********


 ―ザンッ


 聞きなれない音がした。雑草の映える地に勢いよく何かが着地した音だ。ハワードはライオンのような炎を操る魔物の爪を剣で防ぎながら振り向いた。そこには仮面を着けた人影があった。彼は何が起きたか分からなかった。頭を隠す上質な布でできた黒いローブには上品な刺繍が施されている。闇夜に満月のように妖艶な光を放つ黄金の瞳が浮かぶ。彼は何が起こったのか分からなかった。


 「月夜の女神…?」


 彼は団長でありながら彼女の姿をその目で見たことは無かった。前回の討伐では第1隊を統率しながらも一時は戦線を離脱し、第一皇子に最前線を譲った。彼は皇子でありながらも優秀な騎士だ。今回は援助に回っている第一隊でも指折りの実力者だ。


 目の前にいる女性は何かぶつぶつ言っている。すると、両手で胸の前に持ち、天に垂直に向けられている剣に何かがまとわれてゆく。彼女は一度は抜いた剣をもう一度地面に指す。ドッという重たい音と共にそこに立っていた騎士たちが剣を同じ何かにまとわれた。シュゥゥ…音を立ててみるみるうちに傷がふさがっていく…!ライオンのような魔獣の爪によって負傷した者、それが放つ炎で火傷を負った者、全員が綺麗に治った。呆然とする私の横をするりと通り過ぎた彼女は魔獣に向かって手を向ける。


 彼女の手から浮き出た魔方陣の中から無数の鎖が伸びる。それは魔獣を拘束した。そのままもう一つ魔方陣を展開し、その魔方陣に彼女は魔獣を…蹴り入れた。


 騎士たちが200人体制で臨む魔獣を左足一本で蹴とばし、魔方陣の中に突き落とした彼女はくるりと振り向いた。それと同時に白い光が私を含め、騎士たちの眼を眩ませた。


 目を開けると、もう女神はいなかった。


 「終わったのか…?」


 私の間抜けな声だけが急に静まり返った森に木霊した。

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