定期報告会

大手製薬会社・コスタギネア。その東東京支部に異形対策組織・GTC本部は存在する。東京足立区にある地上16階建ての自社ビルだ。地上階はコスタギネアの通常業務を行う部署が入っておりGTCは地下に存在する。


岡部と谷口はエントランスに入るとエレベーターで10階まで上がる。スーツが常識だった数年前までは私服の若造が関係者以外立ち入り禁止のオフィスを闊歩していたら不審に思われたかもしれないが、ビジネスカジュアルが常識となった今、ある程度ラフな格好でも極端に悪目立ちはしない。


10階の広告・広報課を抜けてサンプル倉庫に入り、更にその奥の配電室へ向かう。配電室の扉にはICカードをかざさなければ入れない…と見せかけてこれは生体認証システムだ。岡部は人差し指を当てて静脈を読み取らせ中に入る。目の前には配電盤が現れるが、その配電盤のブレーカーのon/offを所定の形にすれば壁が動きエレベーターが現れる。このエレベーターでようやく地下に行けるのだ。


「毎回思うけど超めんどい…」

「緊急時はエントランスから直で行けるらしいよ?」

「普段から行かせてくれ…え、なんでたっちゃん知ってんの?」

「山南さんが最初に言ってたから。岡部は眠そうだったから聞いてなかったかも」


エレベーターに乗り込み地下3階へ。エレベーターの扉が開くと、そこは地上階とは雰囲気が異なる空間が広がっていた。


映画館のように暗いだだっ広い空間に机でできた島が10個ほど作られ、各々の机でミーティングやらPC作業やらが行われている。正面には巨大なモニターが2台、それを取り囲むように中型モニターがいくつも配置され、この空間の照明はこのモニター達が担っていると言っても過言ではない。


そのモニター達の真下で目当ての男は書類を見ながら眉間にシワを寄せていた。


「山南さん、お疲れ様っす」


岡部が声をかけると、山南は表情そのままに目線だけ2人に移した。


「少し待て。これが終わったら話す」


山南は近くにいた研究員達に日本語と中国語で短く言葉をかわすと、書類を研究員に渡し2人へ歩み寄った。


「近況報告を」


アイスブレイクも無しにいきなりか。相変わらず愛想のかけらもない。しかし、この俺様で上から目線で常に眉間に皺を寄せている白衣の男が、自分たちの上司でありGTC総責任者、山南佑司その人なのだ。


どう説明しようか岡部が脳内で文章を組み立てている間に、先に谷口がのんびりと口を開いた。


「えー、前回の定例会以降で異形の討伐数は全部で15。討伐回数は月一ペースで変わりなし。岡部の体調も変化なし、よく食べよく寝る健康優良児です」

「なによりだ。谷口、武器の補充が必要なら好きなだけ持って行け。担当者には話をつけてある」

「おや、太っ腹だこと」

「千葉のバディが1組死んだ。やつらの3ヶ月分あった在庫を回してある」

「ほんじゃ、ありがたく」

「岡部、」


スピード感のある会話に若干置いてかれていた岡部は、急に話をふられて目をしばたたく。

山南は新たにタブレットを取り出して、そこに書いてあるのだろう項目を読み上げた。


「デコイにはハンターを選ぶ権利がある。谷口に不満がある場合、別のハンターに交代させることが可能だ。どうする?」


普通、そういう話は谷口のいないところでやらないだろうか?

岡部は山南の配慮の無さを疑ったが、彼のことだ、自分が変更を申し出る事はないと分かっていて形式的に聞いているだけだろう。


「へーきっす。たっちゃんがいい」


ハンターとしてのウデはGTCイチだし、気を遣わずに一緒に暮らせるし。

案の定、山南はだろうなとでも言うような顔つきでタブレットを操作する。その後も形式的な問答をいくつか行い、ものの5分ほどで報告会は終了した。

最後に、と山南は岡部に目線をやる。


「岡部、お前は異形を惹きつける力が特別強い。原因が分からない以上、突然身体に異変が生じる可能性もある。留意しておけ」

「うっす」

「谷口、岡部は貴重なデコイサンプルだ。死なせるなよ」

「りょーかいです。尽力します」


2人の返事に山南は軽く鼻を鳴らすと、これ以上話すことはないとばかりに踵を返し、他研究者たちの中に消えていった。




本部からの帰り道、岡部と谷口は商店街を歩いていた。時刻はちょうど昼過ぎ。弁当屋や惣菜屋から美味しそうな匂いが漂っている。


「なぁ、たっちゃん。毎回思うんだけど、わざわざ本部行かなきゃダメなんかな?あの内容ならビデオ通話でよくない?」

「まぁ、情報漏洩を避けたいんじゃない?一応秘密組織ってやつだし。それに---あ、期間限定コロッケ」


会話の途中で谷口が肉屋へと小走りで駆け寄る。谷口がポケットから小銭を出して店員へ渡すと、代わりに白い袋を2つ受け取った。

岡部が谷口の場所まで追いつくと、谷口がどーぞと岡部に一つを渡す。


「さんきゅ」


2人でコロッケを頬張りながら商店街を歩く。


「山南さんはさ、岡部に会いたいんだよ」


谷口はコロッケで片頬を膨らませながら、若干もごついた声で話し始める。


「オレに?なんで?」

「わかんない。でも、岡部と話す時だけ雰囲気変わるから、山南さん」

「いやいや、何も変わんねぇよ。仏頂面じゃん」


谷口は大きな口で最後の一口を頬張り、数回咀嚼するとごくりと飲み込んだ。相変わらず食べるのが早い。谷口は口の周りについた食べカスを指で拭うと、パンパンと手を払う。


「岡部は愛されて育ってきたんだね」

「え?なに?聞こえなかった」


岡部は聞き返すが、谷口は何でもないというように微笑むだけだ。こうなってしまっては谷口はもう何も言わない。

仕方なく岡部は自分のコロッケにかぶりついた。

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君がぼくを殺めるときは 翠川 閏 / ミドリカワ ジュン @green-river

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