第三章 ~『閉じ込められた美冬』~
「お腹空いたわね……こんなことなら、さっき食べておけば良かったわ」
空腹は焦りと恐怖を生み、このまま助けが来なかったらどうしようかと不安にさせる。気づくと彼女の目尻から涙が零れていた。
「夏彦の作った料理が食べたいなぁ……っ……私、このまま出られないのかな……」
少しでも気を紛らわせようと、二階に昇り、採光用の窓から月の輝く夜空をボーっと眺める。
「なんだかこの光景見覚えがあるような気がするわ……」
どこで見たのかを思い出そうと、記憶の海を探る。すると突然視界が真っ白に染まり、意識が朦朧とする。
「この記憶……」
走馬灯を見るように深層意識が頭の中に記憶映像を映し出す。
(あれって子供の頃の西住くんなのかな……)
咽び泣く声と、一緒に
『ねぇ、どうして泣いているの?』
幼少の頃の美冬が西住の隣に座り、慰めるように頭を撫でる。優しさに触れて、彼の肩がピクリと震える。
『パパとママが幽霊の見える僕のことを不気味だって突き放すんだ……使用人たちも陰でヒソヒソと笑っている……』
『西住くん……』
『……僕は生まれてきちゃ駄目な子供だったのかな』
『そんなことないわ。私は西住くんがいてくれて嬉しいわよ』
『ほ、本当に?』
『うん。だって西住くんは物知りだし、優しいし、一緒にいると楽しいもの♪』
『…………』
『だから元気出して。ねっ!』
記憶の中の西住が顔を上げると、つぶらな瞳に浮かんだ涙を拭う。
『……僕のこと、大切なんだよね?』
『もちろんよ』
『そ、それなら……僕が大人になったら……結婚してくれる?』
『私は――』
言葉を遮るように脳裏に映る映像が歪み始める。真っ白だった視界に色が戻り、月夜の綺麗な夜が飛び込んでくる。
「あの記憶はなんだったのかしら……もしかして、これもあやかしの仕業?」
善狐が一人寂しい美冬を慰めるために、過去の記憶を見せてくれたのかもしれない。その気遣いに感謝し、彼女は元気を取り戻す。
「泣いていても何も変わらないわ。私から動かないと」
美冬は採光窓から顔を出すと、すっと息を吸い込む。
「夏彦、閉じ込められて出られないの。ここから助けてぇ!」
夜空に美冬の声が木霊する。本宅まで距離があるため届かないかもしれないが、彼女は声が枯れるまで叫び続けた。
「姉ちゃん!」
「夏彦! こっちよ、こっち!」
声が届いたのか、夏彦が
「姉ちゃん、そんなところで何しているんだよ?」
「私、閉じ込められたの」
「閉じ込められたって、鍵は姉ちゃんが持っているだろ?」
「そうなの。でも扉が開かなくて」
「ったく。なら鍵を渡してくれよ。開けてやるからさ」
「ありがとう。さすがは頼りになる弟ね」
美冬が窓から鍵を落とすと、石畳の床に叩きつけられる。何度か跳ねた鍵を夏彦が回収すると、彼は鍵を開けるために扉へと向かった。
「姉ちゃん、鍵を開けたぞ」
夏彦の声に反応して、美冬は一階へと降りる。二階にいたため扉を開ける音は聞こえなかったが、視界に入る景色が、この密室空間からの脱出に成功したのだと、彼女に教えてくれていた。
「夏彦、ありがとう……怖かったよぉ」
美冬は感謝の意を示すように、夏彦に抱き着く。恐怖が安心へと変わり、彼女の身体は僅かに震えていた。
「大丈夫だ。姉ちゃんには俺が付いているだろ」
「さすがは自慢の弟だよ」
夏彦は美冬の頭をゆっくりと撫でる。かつて幼少の頃の彼女が泣いている西住にそうしたように、恐怖や悲しみは優しさによって振り払われた。
「夏彦、お腹が空いたわ」
「飯の準備はできているからさ。一緒に食おうぜ」
「うん♪」
夏彦は美冬の肩をギュッと抱きしめる。その力強い抱擁に彼女は安心感を抱くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます