第三章 ~『姉弟の仲違い』~


「うわぁ~、すっごく美味しそうね♪」


 白い器に注がれたビーフシチューと、こんがりと焼かれたパン、それに色鮮やかなサラダが食卓に並ぶ。どれも美冬の好物ばかりであった。


 ビーフシシューを木匙で掬って口の中に含む。溶け込んだ肉と野菜の温かい味が、土蔵どぞうに閉じ込められた恐怖で凍り付いていた心を溶かしてくれる。


「おかわりもあるから、遠慮せずにドンドン食べてくれよ」

「うん♪」


 空腹だったこともあり、食卓に並んでいた料理はすべて美冬の胃の中に収められた。ふぅと息を吐き、満足げな笑みを浮かべる。


「夏彦の料理は今日も素晴らしかったわ」

「そう言って貰えると、作り甲斐があるな」

「私も料理の勉強をしないといけないわね」

「姉ちゃんが料理か……人が死なないといいな」

「ひどっ!」

「でも事実だろ。姉ちゃんの料理は死ぬほどマズイ」

「い、今はそうかもしれないけど、西住くんが料理を教えてくれるそうなの。いずれ夏彦を超える調理の腕を手に入れてみせるわ」

「西住に教えてもらうか……」

「料理だけじゃないわ。実は古書整理のバイトでも採用されたの。明日からずっと一緒にいられるのよ♪」

「――――ッ」


 夏彦は不満げに眉根を寄せると、意を決したような表情を浮かべる。


「なぁ、西住と仲良くするのは止めにしないか?」

「どうしたの急に……」

「姉ちゃんは西住と一緒にいたせいで呪われたんだぜ」

「…………」

「今回の土蔵どぞうに閉じ込められた件もそうさ。唯一扉の開け閉めができる鍵を姉ちゃんが持っていたのに、なぜか土蔵どぞうの扉には鍵がかかっていた。人間には不可能な密室を生み出したんだ。こんなのあやかしの呪いに決まっている!」

「で、でも……」

「なら密室の謎を説明できるのかよ?」

「それは……」


 美冬は呪いであることを否定したかったが、密室の謎を解かない以上、その言葉に説得力は生まれない。


(善狐さんが私を閉じ込めるはずがないもの。謎の正体は分からないけど、それだけは信じられるわ)


「呪いを否定できないなら西住とはもう会わない方がいい」

「どうしてそこまで西住くんを悪く言うの?」

「それは……姉ちゃんが心配だからさ」

「なら心配しなくても平気よ。西住くんはとっても優しい人だから」

「でもさ、上辺だけ優しいだけで下心があるかもしれないぜ……なにせ近頃の姉ちゃんは妙に魅力的だからな」

「心配しすぎよ。西住くんは草食系男子だもの」

「それでもさ、西住の名前を聞くようになったのは最近だし、姉ちゃんの雰囲気が変わった時期と一致している。用心はしとくべきだぜ」

「夏彦の言う通り、最近になって話す機会は増えたわ。でも私は忘れていたけど、知り合ったのは子供の頃なの……だから心配しなくても大丈夫よ」

「で、でもさ、姉ちゃんには俺がいるだろ……俺だと不満なのかよ?」

「不満なんてないわ。夏彦は誰よりも頼れる弟よ」

「弟か……クソッ」


 夏彦は背を向けて走り出す。その背中に止まるよう声をかけるも、振り返らずに自室へと籠ってしまう。


「夏彦、ごめんね。私が何か酷いことを言っちゃったのよね」


 自分の言動を振り返るが、怒らせるような発言に心当たりはない。だが夏彦の態度から察するに、自分が気づかぬうちに傷つけてしまったのだと反省する。


「謝るから。出てきてよ、夏彦」


 扉を叩くが、反応は返ってこない。こうなったら意地の張り合いだと、美冬は扉の前で座り込む。


「夏彦が出てくるまで、絶対にここから退かないから」


 肌寒い廊下で風を受けながら、夏彦に声をかけ続ける。だがその日の内に扉が開くことはなかった。


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